+++アンニュイ 弐+++

□Figlio Perdute
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冬が死んでしまう。

その腹食い破って春が生まれようとしている。



冬の断末魔だろうか。ビルに吹き付ける風はヒュウヒュウと喘ぎながら時々獣のように吼えて見せる。其のたびに廊下全面に張られた硝子がみしみしときしんだ音を立てた。今日は風が強い日だったが、ビルが林立したこのあたりではこんな風など日常飯事なのだろう。三十階程度しかないこのビルはまだ小規模なほうで、今では地上五十階以上のビルなどざらだ。

天人の警備に来ている。

春が近いせいだろう。
空も大分灰色が遠くなって空が高くなっている。その空は今日は西の方角が少し黄色い。黄砂がもう大陸では飛び始めているのかもしれない。

つかの間窓の外に投げていた視線を伏せ、フィルターが焦げ始めた煙草を土方は携帯灰皿へと押し付けた。ジュ、と小さな音がして、手の中の暗闇に吸い込まれた先端はちらちらと赤を一瞬またたかせて黒に馴染んだ。

爆発物を仕掛けられる恐れがあるため、廊下にいつもなら出されているだろう喫煙場所は一時的に灰皿が撤去され、該当フロアのゴミ箱もビルの外に出されていた。だからだろうか、最低限の装飾しか並べられていないつるんとした廊下は、閑散としていて少し寂しい。

「階下のゴミ箱も全部チェックしとけよ。警備は目的の階の上下二つずつ、更に非常階段と出入り口は入念に固めろ。フロアには幕府の人間以外入れるな」
「副長、上下二階とも配置終了しました。清掃員が入室許可を求めていますが」
「身体検査にまわせ。会議が終わるまで誰も入れるな。エレベーターはこの階で止めないように注意しろ」
「室内の金属探知二回目終了しました」
「要人の到着は?」
「二十分後です。連絡がありました」
「該当フロアのブラインドを全て下ろせ。入り口の警備にひとつ下の階の連中を一時動員する」

次々と指令を出していくうちに引き出した次の煙草はケースに逆戻りした。軽く息を吐いて一人踵を返しエレベーターに向かう。使えないのだったと思い直し直ぐに脇の階段へと進路を変えた。警察から借りた人員が頭を下げるのに、会釈し返すと靴底はカンカン、と冷たい金属音を響かせ出した。
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