+++アンニュイ 弐+++

□冷たい手 後
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「土方さん」

門のところで待っているというのに、一向に彼は部屋から出てこないものだから、焦れて小さな足は踵を返す。
もう呼びにいくのも三度目だ。
浅黄色の浴衣の裾が捲れあがるのも気にしないで、一寸した横着とばかりに庭の植え込みを飛び越えて彼の部屋の縁側に飛びつく。
果たして土方は、まだ其処に板。丁度いつも着ている着流しの帯を締め直したところだった。

「女じゃねぇのに、何でそんな時間かかるんですかィ」

頬を膨らませて見上げると、お前が早すぎるんだよと素っ気無い返事が返ってくる。
土方さんが遅すぎるんでさァ、と沖田は一向に急ぐ様子も無い土方を手招いた。
未だ早ェだろうが、と言いつつ縁側に出てきた彼は、差し込んできた夕日に一寸目を細める。
地平線代わりの民家の屋根に沈んでいく太陽は、南中しているときとは比べ物にならないほど丸く大きく、輪郭はおぼろげに撓んでいた。

一度目に呼んだときは本を読んでいて、二度目に呼んだ時は髪を結いなおしていた。
本人にしてみれば乱れていたから直しただけなのだろうが、彼がそういう動作をしていると年頃の娘がお洒落をしているようにも見える。
だが傍目からそう見えるだけで、当然縁側に出てきた土方はいつもと全く変わらない土方なのが沖田には一寸面白かった。

いつもは草履を履いている沖田だが、今日は思いついて下駄にした。
土方は何の気もなく普段どおり草履だったものだから、少しだけ顔の位置が近づいた。近藤はいつももっと近い位置で土方の顔を見ているのだろう。そう思うと早く大きくなりたいと余計に思う沖田だ。

沖田は同世代の少年たちに比べる小さい方だ。男は成長期が後の方で来ると言われているから気にはしていないが、嫌いなものも我慢して食べているというのに昨年から比べて三センチ程しか伸びていない。
ただでさえ男の内でもがっしりとした長身の近藤が隣にいれば余計に小さくも見えようというものだ。同じく男の中では骨格のつくりが華奢な土方だが、身長は並みの男程はあるのだ。こちらも近藤の隣に居るとひょろひょろとしていていかにも不健康そうに見えるから普段はそうも長身とは思わないのだが。

成長期の八歳は、大きい。

見た目でも距離を一番感じる年頃だ。今漸く縁石から庭に降りた土方と沖田では頭が三つ分程も差があった。大きく見上げなければならないわけで、沖田にはそれが面白くない。
しかも土方の身長は、まだ伸びているらしいのだ。

「何だよ」
「いいや、何でもありやせんぜ?」

自意識過剰なんじゃありませんかィ、と言うとも呆れたような顔をされる。
沖田の口達者に近頃土方は慣れてきてしまったようで、それがますます面白くない。
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