+++アンニュイ 弐+++

□終末の光景
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その人のなにより愛した穏やかな季節が来る前に、あの人は飛んでいってしまいました。
一度も後ろをふりむかず、青い青い蒼穹のその向こうに、飛んでいってしまいました。
ひとかけほどの未練も、あのひとには残っていなかったのかもしれません。
眠ったままのその頬には、笑顔の残滓がひそりと残っていました。












春がようやく来ようかという、五月の、その日。



―――――その日、俺は、土方を、殺した。













夕闇が直ぐ其処まで来ている。
地平線なんてものが無い町並み、何故か人で溢れるはずの歓楽街の大筋には自分と土方しか居ない。見慣れているはずの町並みはどこか知らない顔をしていて、細部がおぼろげに撓んでいる。
前にこうして街中で会った日も夕刻だった。
すっと隣を通ってゆく人間の顔がおぼろげに歪む、時間帯。逢魔が刻。
だが横合いから夕日に照らされた土方の顔は、いっそさえざえとして輪郭がたわむどころではなかった。世界がその一点に集中していくような気さえする。曖昧な世界の中で、土方だけが酷く現実的だった。


焼き付けろ、と、そう言っているようだと、ちらりと思ったのだ。

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