+++アンニュイ 弐+++

□死(14歳土方)
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貴方のために生きられれば良い―――――貴方のために死ねればよい。
望まれぬことだとわかってはいたけれど。それがそのころの―――――否、今でもこの体の中に芽吹く、唯一の祈り、だったのだ。


夕刻の道は、少し寒い。
もう夏に近いのだが空気が乾いているせいだろう。夜に向かう気温の冷えが直接肌に返ってくる。
近藤の右手には赤提灯がちらちらと揺れて、夜に沈みつつある夕陽の代わりをしようとしている。左手は小さな子供を気遣うように下方へと伸ばされて、ほっそりとした少年の手を握っていた。
二人は傍から見れば親子のように見えたかもしれない。近藤はさして年配の男ではないし、それどころかまだ十代である。だがそれにも関わらず子供―――――土方を眺め眼差しは兄、いや親のように凪いでいて酷く穏やかなのである。実は近藤と土方の間にさしたる年齢の隔たりは無かったのだが、土方は発育不良もいいところでこの年十四と半分になろうかというのに、姿かたちは十になったかならないかという外見であったから、少し老けて見える近藤と並べれば年の離れた兄弟どころか若い父親と息子に見えるのも仕方が無いことだった。
「トシ、悪いな、遅くなっちまって」
門下生数人とともに少し遠い隣町の道場へと出稽古をしにいった帰りであった。近藤の背には竹刀袋やら胴やらが入った袋が無造作に下げられている。紺の袴姿の近藤見上げて、土方はふるふると首を振った。この子供があまり喋らないのは常のことだったし、知らない人間が沢山いる場所に行った帰りだからだろうか、土方の表情はいつにもまして無い。さんざ珍しがられて構われそうになったからだろう。近藤もさしてこの無愛想は気にしていない。土方の無愛想は、その性質ゆえということではなくて、この子供の中でぐるぐると渦を巻いて伏流している感情が外に現れるだけのちゃんとしたパイプが無いというだけだと知っているからだった。
門下生たちと一緒に帰る予定だったのだけれど、少し相手先の道場主と話しこんでいて遅くなってしまった。
このあたりは最近物騒だから一晩泊まっていったらどうだと勧められたが、丁重に断って代わりに赤提灯をひとつ渡された。知らないところでは土方は、顔に出さないものの緊張してひどく疲れてしまうのだ。てくてくと二人してのんびりと歩く畦道は橙一色からそろそろ頭上の空を映して黒に移り変わろうとしている。
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