+++アンニュイ 弐+++

□晩冬の一日
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「トシさんに迷惑掛けないようにね」

好々爺のような笑顔は、こういうときばかりは少し後ろめたいと斎藤は思った。
プラットホームには奇妙な電車が止まっている。数年前に完成したそれは、初めこそこんな鉄の塊がどうやって動くのだろうという疑問を斎藤に抱かせたが、乗ってみると思う以上に快適だった。馬にも乗ったことが無かったし、そう裕福ではなかった…どころか、という家だったから今まで徒歩が当たり前だった斎藤だが、今ではもうすっかりとこちらに慣れてしまって足が鈍ってしまわないか心配になるほどだ。
最後は体の、純粋に体の勝負なのである。いくら武器が発達してバズーカなんぞが標準装備になったとして、腰に佩いた刀を捨てるつもりがないのだから。そういう世界に自分は生きることを望んだのだし、あの人も生きている。

その、あの人―――――土方によろしく、と井上は何度も何度もホームから、新幹線のドアの内側に立った斎藤にまるで孫にするような注意を繰り返している。そのたびに曖昧に斎藤が頷くのもいつものことであったし…それが京都に来てからの出張組の、日々だった。

斎藤が井上とともに攘夷派の巣窟である京都への出張を命じられたのは半年前の夏の終わりのことだった。
現在京都の治安は急激に悪化し、昔の雅な文化は荒廃しきっている。一度長州を中心とした攘夷志士によって天子が奪われるという情報が出た折、大事をとって江戸に皇居を移し、以来京都には御所もなくなってしまった。それからすっかり魑魅魍魎の巣窟、とまではいかないがすっかり荒れている京都の、治安回復を真選組が拝命して―――――本隊から出張という形で、派遣されてのが井上と斎藤の隊であった。
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