+++アンニュイ 弐+++
□ことりがしんだひ(病理)
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鴉が鳴いている。
もう日は沈んでしまった。冬は日が落ちるのが早い。夜がじわじわと空を覆って、すぐに今はまだ金色にさざめいている空も真っ黒になるだろう。
近藤の左手には提灯がほのかな明かりを灯してゆらゆら揺れている。まだ肉眼で十分に周囲は見渡せるが、見えなくなってから火を点けるのも大変だ。
つんと鼻の粘膜を刺激して冬の風が吹き抜けていく。
鼻の頭を真っ赤にして、道場を出てから四半刻程度だろうか、近藤は町内をゆっくりと回って子供をひとり、探している。
足袋を着けていない素足はそろそろかじかみそうだ。
いつ雪が降ってもおかしくない天気だというがここ数日続いていたが、今日は珍しく重苦しい雲は吹き散らされて高い空がその向こうに覗いていた。夕陽が沈んですぐの今は、僅かに残った雲の腹が金色に染め上げられてゆらゆらと揺れている。
世界が黄金色に輝くのは一瞬だ。
溶けて落ちる橙の後には直ぐに紺碧の帳が下りるのだろう。
近藤は土方を探している。
もう日は沈んでしまったというのに、土方は一向に戻ってこないのである。
近藤のいいつけを土方が破ったことは一度も無いというのに、危ないからあんまり遅くなるなという言葉は珍しく反故にされてしまった。だから心配になって、道場を出で四半刻、ふらふらと探し回っているのである。
夕餉の準備に忙しいのだろう、民家からは白い煙がふわふわと立ち上っている。子供がぱたぱたと近藤の横を駆け抜けた。きっと家に帰るのだろう。振り向くとそこまで迎えに出ていた母親らしい女の手を握って、土方よりも一回りほど小さい少年が笑っているところだった。