+++アンニュイ 弐+++
□行く先
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目が醒めたら、知らない船の中だった。
直ぐ隣でにやにやと煙管をふかしている男を見上げて、それから船の窓から見下ろす雲の海を見下ろして、ようやく土方は自分が拉致されたことを飲み込んだのであった。
拉致。
誘拐である。
そのわりに被害者である土方が縛られてもいないのは、犯人が知り合いだからだ。いわゆる身内の犯行という奴である。身内といって良いかは分からないのだが、相手はきっと身内だと主張するだろう。
出勤前どころか、目が覚めたら飛行中の船の中だった。空港は何をしているんだと土方は思ったが、どうやらこの船は男の持ち物で(その金がどこから出ているのか、土方はいつも不思議に思う)結局にやついている男の視線を背中に受けながら土方は手渡された電話で職場に有給休暇を申請することになった。今日仕上げたい仕事が三・四あったのに、と思うと溜息が重苦しく陰る。
「オイオイ、辛気臭ェ顔すんなや」
煙管片手に胡坐をかいて土方が通話を終えるのを待っていた誘拐犯は愉快そうに喉を鳴らしている。土方は半目で睨みつけたが、やたらと上機嫌な高杉は堪えた様子もない。
「どこに連れてく気だ」
「アンタ、拉致られたっつーのに緊張感全くねェのな」
「お前に言われたかねェ。…で、どこだ」
言葉遊びをするつもりはないらしい土方に一寸首を竦めて、高杉はエンジンの轟音からほんの一寸浮かび上がるような声で囁いた。秘密の相談をする悪戯っ子のような顔で。
「長州サ」
土方は絶句するしかなかった。