『アンタハオレノモノダ』
この男は間違いなくそう言った。
その言葉の意味とは、一体―?
「ねえイルカ先生。さっき聞き捨てならない言葉を聞いた気がするんですけど」
向けられた視線は柔らかなまま、今度はバナナのチョコレート掛けをイルカへと渡しながらカカシが尋ねる。
聞きたい事はコチラにも山ほどあるがまだ咀嚼中の為先に順番を譲る事にした。
「俺からの告白、もしかして冗談だと思ってたの?」
「告っ…んぐっ白?!」
急いでバナナを飲み込むと驚きの眼差しでカカシを見つめる。
「そ。何時もせんせに言ってたデショ?アンタのコトがスキだって」
「それはっ!冗談以外の何物でも…っ」
「ぜーんぶ本気に決まってるじゃない」
白いマシュマロを茶色の海に沈めながらカカシがぽつりと呟いた。
チョコレートの塊となったそれを突付きつつ視線だけをこちらに向ける。
唇を尖らせ、少し拗ねた様な瞳で。
「あーあ、これじゃ何時まで経っても報われないワケだ」
「カ、カカシ先生…?」
ふざけながら好意を告げられる度、喜びそうになるココロを抑えるのに必死だった。
相手は堅物の中忍を相手にからかっているだけなのだと。
上忍の暇潰しにつき合わされているだけなのだと、懸命に言い聞かせて。
だから認める訳にはいかなかった。
心の奥に芽生えてしまった、この男に対する淡い感情の正体を。
だけど―。
「センセも大概鈍いよねぇ。俺の本気をコレ以上冗談にされちゃ堪んないからこの際ハッキリ言っときますね」
カカシは手にしていたマシュマロ刺しフォークをイルカの口に突っ込んで、それからぴしっと背筋を伸ばした。
「イルカ先生のコトが恋愛感情のソレでスキなんです。俺とお付き合い、して頂けません?」
いくら仲間内から恋愛事に疎い鈍いと言われるイルカでも、これ程までに真剣な眼差しで好意を口にされればその意味を間違える筈もなく。
またからかわれているのかもしれないという疑念はカカシの熱く強い視線に打ち消された。
何時の間にか胸の内に点ってしまったカカシへの想い。
叶う事など無いのだと、奥底に仕舞って固く鍵を掛けていたのに。
「ま、先生もう俺からの本命チョコ食べちゃったし」
コレってOKってコトだよね?
頑丈に仕掛けていた心の鍵を甘いチョコレートとともにぶち壊してきた男は、そう勝手に解釈すると子供の様に無邪気な顔で笑った。
* * *
「…随分と自信あったみたいですね」
「あ、分かります?」
今度はクロワッサンにトロトロのチョコレートを掛けたものを手渡しながらカカシがペロリと舌を出す。
強引に押し切られた感の否めないイルカは、少しばかり納得のいかない顔で渡されたそれに齧り付いた。
それはそうだろう。
イルカにしてみれば出されたものを素直に食べただけなのだ。
それが『食べた=了承』になるなんてボッタクリもいいとこである。
だが結局のところイルカはこうしてカカシの申し出を受け入れている。
そしてカカシもそれが当然の事の様に普段と変わらぬ笑顔でいそいそとオレンジをチョコレートに沈めた。
「だってイルカ先生も俺の事スキだったデショ?」
「えッ…う、それはっ」
(うそ…バレてたっ?!)
完璧に隠していた積もりの恋心は実際のところカカシに見透かされてしまっていたらしい。
今更それを否定する訳にもいかず、もごもごと口篭る。
「ホラそれ。センセってばスーグ顔に出るんだもん。今だってどうしてバレたんだって思ってるデショ」
「うぅ……っ」
顔から火が出そうな程熱い。
多分カカシから見た自分は真っ赤な顔をしているだろう。
「で、でも俺からのチョコレートはありませんよッ。残念でしたねっ」
何でもお見通しだと得意げなカカシが憎たらしくて態と意地悪な言い方をしてみる。
だが当のカカシはイルカの言葉など意にも介さず、ニタリと人の悪い笑みを浮かべた。
「うふふふ〜もっとイイモノ貰うからイイでーす」
カカシは意味深に人差し指を突きつけるとそれを徐に小鍋へと突っ込んだ。
何をする気かと不審の眼差しを送ったその時、鼻先に熱いものが触れた。
「あちッ!!」
「イタダキマス」
ぺろ。
「……は?」
「ごちそーサマでした♪」
この身に何が起きたのかを理解するのに数秒。
舐め残しのチョコレートが甘ったるく香って。
「はあぁぁぁッッ??!!」
「じゃ、コーヒーでも淹れますね〜」
ショックの余り固まったイルカを残し、カカシは鼻歌交じりに台所へと消えていった。
壊れそうな程早い鼓動。
きっと頬だけでなく、身体中が赤く染まっているに違いない。
「ふ……っざけんなーーッッ!!!」
狭い室内にイルカの叫びが空しく響き渡る。
マグカップにコーヒーを注ぎながら『次は唇だーね♪』などと考えている男の企みなど、この時のイルカは知る由もない。
end
.