* * * * *


キチキチキチ、リーンリーン…
アパートの2階にあるイルカ先生の部屋にも虫達の鳴き声が届いている。


まだ息の荒いままのイルカ先生は傍らの俺に顔を向けてニッコリと微笑んだ。

「これからどうぞ宜しくお願いしますね、奥さん」

「………は?」


奥…さん?
今俺の事、『奥さん』って言った…?


「あの…誰が奥さんなんですか?」
「貴方以外に誰がいるんです」

木ノ葉は一夫一婦制ですよ、とイルカ先生はきょとんとした表情でこちらを見ている。
有り得ない彼の発言に俺は掛けていた肌掛け布団を跳ね除け、もう一度彼の上に跨った。

「何で俺が奥さんなのさっ?!奥さんはアンタでしょーがッ!!」
「ナニ言ってんですか。プロポーズしたのは俺なんですから、奥さんはあんたに決まってるでしょう」

さも当然とばかりに爆弾発言を続ける彼に俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。

「はぁぁっナニソレっ?!アンタが下なんだからアンタが嫁に決まってるじゃないッ!!」
「俺はスキで下になったんじゃねぇっ!あんたが無理矢理俺を抱いたんだろーがッ!!」
「だってアンタ可愛いんだもん!しょーがないデショ!」
「この腐れ上忍が!つべこべ言わずに嫁になれっ」




両者譲らず。

ベッドの上、一糸纏わぬ姿の男が2人。
上と下とで火花を散らしながら睨み合っている。
互いに殺気を漂わせ、何時殴り合いが起きてもおかしくない様な不穏な空気が流れていた。


「不満なんですか?」
「不満も不満、大不満ですよっ! 俺は絶ッ対認めないからねっ!!」
「……分かりました。ならば仕方が無い」

彼は圧し掛かっていた俺を退け、むくりと起き上がる。
そして俺の左手を指差し、固い声で言った。

「縁談決裂ですね…。その指輪、返して下さい」
「嫌ですぅぅッ!!コレは俺の大切なっ」

ばっと左手を握り締めてイルカ先生の視界から指輪を隠す。
そこへ追い討ちを掛けるように彼の冷静な声が飛んできた。


「だって嫌なんでしょう?」


・・・この人、本気だ。
目が真剣だもの。
声が怖いもの。

本気でこの俺を嫁にしようとしてるんだ。


(無理だよ…この人にだけは勝てない…)

俺はガックリと肩を落とした。

「……嫌じゃない、です…」


どんなに強力な術や左目の写輪眼も、この人の前では何の役にも立ちやしない。

完敗だ。
文字通り、完全に俺の負け。


「じゃあカカシさんが俺の嫁ってコトで良いですね!」

途端に機嫌を直したイルカ先生はさっきまでの怖い顔は何処へやら、ニコニコ顔で俺に抱きついてきた。

「嫁さんかぁ。へへ、何だか照れますね」
「……スキにして下さい…」



彼がそれで満足ならば、対外的な呼び方なんてこの際どっちでもいいや。
なんなら新婚の夢、新妻の裸エプロンでもご披露してやろうじゃないの。
絶対に殴られるだろうけど。


「その代わり、夜は下克上ですよ」

呟きを耳聡く聞きつけられ、怖い目でギロリと睨まれた。

「何か言いました?」
「……イイエ、何も」


しょぼんとした俺に苦笑いを浮かべて、彼が俺の左手を取る。
愛しげに数回撫でた後、それをきゅっと握ってくれた。


「必ず幸せにしますから。…例え此の世界を旅立つ時がきても、ずっと2人一緒です」


そう言ってニコリと笑うと、約束の指輪へキスをくれた。



「せんせ…っ」

先生の言葉に胸がきゅうと切なくなる。
力の加減も出来ずに彼をぎゅっと抱き締めた。
未だ裸のままの身体から、熱い彼の体温が伝わってくる。







多分、

俺は死ぬまでの間、こんな風にイルカ先生の尻に敷かれながら生きていくんだろう。

怒らせて、怒られて。
喧嘩して、仲直りして。

泣いて。笑って。喜んで。


色んな感情を彼と分かち合って生きていくんだ。


凄い。
こんなに幸せで良いのかと不安になる程、何て幸せな未来達。


「…馬鹿ですね。何泣いてんですか」
「泣いてなんか無いですっ!コレは鼻水なのっ」
「はいはい、鼻水鼻水」


さっき辛うじて堪えた涙は、その時にストッパーを使い切ってしまったらしい。
防波堤決壊中の瞳の奥から流れ出る透明な水が彼の肩を滑り落ちた。
泣き顔を見られない様に急いでそれを拭って、ベッドの上に正座する。
ぐずつく鼻を啜りながら正面の彼に向かって深々と頭を下げた。


「…不束者ですが宜しくお願い致します」
「任せて下さい。問題児は慣れっこですから」

降ってきた声に頭を上げれば、彼は悪戯が成功した子供の様な顔で笑っていた。


それから、
どちらともなく抱き合って顔を見合わせ、もう一度二人して笑った。



そんな9月15日、夜の1コマ。

『キミとボク、オトナ同士の誕生日パーティー』







――拝啓 父上様、


突然ですが、俺に家族が出来ました。

優しくて漢らしくて、だけど吃驚する程頑固者で

とても素敵な人なんです。


今まで一度も言った事など無かったけれど、

俺をこの世に送り出してくれた貴方に感謝を。

貴方のお陰で大切な人と巡り逢う事が出来ました。


貴方の息子は今、この世界で一番幸せな忍です――……



end


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