□□ 触れるだけの、キスをして。 □□



外は群青。
未だ忌々しい太陽は昇らない。

腕の中の愛しい人はひとり夢の中へお出かけ中で。
既にはっきりと覚醒してしまったオレは、その安らかな寝顔とこれから白み始めるであろう空とを交互に眺めては小さくも重い吐息を吐いた。


溜息の理由は単純明快。

もうすぐ日が昇る。
そうしたら自分は1週間程の任務に出なくてはならないのだ。

こんな時は何時も思う。
どうして自分は彼と同じ部隊じゃないんだろうって。
もし一緒だったならどんなにキツイ任務だって喜んで享受してやる。
そうすれば任務効率が上がって教団もハッピー、オレもユウと一緒で幸せ一杯、それはもう一石二鳥だってのに。


昨夜(寧ろほんの数時間前)は一週間分の愛情を注ぐという名目で彼には随分無理をさせてしまった自覚がある。
このまま別れの時間になっても目覚めないかもしれないなと考えて、それじゃ余りにも寂し過ぎると己の行いを棚に上げ、
「どうか起きてお見送りしてクダサイ」と念じ乍らかの眠り姫の頬を指先で軽く突いてみた。

だが眠りは相当に深いらしい。
何時ならばゆるゆると開かれる両の目も、今日はその黒曜石を内に隠したままだ。


「ユーウ、オレ寂しいさぁ…」


だから。
ねぇ、起きてってば。


何度目かの頬への刺激にうーんと眉根を寄せた彼は、しかし目覚める事無くこちらへと寝返りを打つに留まった。
はらり、と絹糸の黒髪が悪戯していた方とは反対の頬に掛かり、淡く影を落とす。


白と黒、そして赤。


うす暗い中にも発光しているかの如く浮かび上がる陶磁器の様な肌の白と、流れる漆黒の艶髪。
そして間近に見える彼の首筋には浮かされた熱の名残が赤く赤く咲いていた。

多分、というか事実、布団で隠された彼の身体中には至る所に同じ印が散らばっている。
それはもう、そんな場所にまで?!と思える様なトコロにさえも。

激しく情熱的な夜だった事を改めて思い出し、それならば彼の疲労も相当なものだろう事を今一度自分に言い聞かせて、
お見送りの夢はまたの機会にと諦めをつけた(例え起きてくれたとしても「んな面倒臭ェ事すっかよ」と一蹴されて終わりだろうし)。

捻じ込んで突き上げて、掠れて声が出なくなるまで散々に啼かせた。昨夜の彼は自分の手によってそれはそれは乱されていたのだから。


(あ、ヤバイって…思い出しちゃう//)


そう思った刹那、下肢に覚えのある感覚がズンと響く。
健康的な18歳男子の下半身は朝の生理も手伝って瞬く間にその硬度を増した。

目の前には最愛の君が安らかに眠っていて。
その上その身には一糸纏う事もなく。


(ダメダメダメっ!この状態で寝込み襲ったらマジでブッタ斬られちゃうさッ!!)


無意識に彼へと摺り寄せてしまう己の腰を呪いながら賢明に理性へ説得を続ける。
今この状態で彼が目覚めてしまったなら言い訳のしようが無い程に、ソコは熱く張り詰めていた。



(あー落ち着けオレー。そうさ違うコト考えるんさ。えーっと、例えば…)



視線の端にちらつく白い柔肌に気を取られつつも、必死になってくだらない想像に興じる。
漸く鼓動が落ち着きを取り戻し始めたその頃、ひび割れた窓ガラスの向こうから一筋の光が差し込んだ。


「えっ、もう夜明け?!ウソっ行かなきゃじゃんッ」


こんなコトなら悶々とし乍らもユウの寝顔を堪能しとくべきだった。

焦る自分とは対照的に、黒髪の眠り姫は今も愛らしい寝息を立てている。
その少しだけ開いた如何にも甘やかな唇に目を奪われて、消し去った筈の熱がぶり返すのを感じた。


ごくんと唾を飲み込み、そっと柔らかな頬へと手を添える。


そして蠱惑的なソコへ、触れるだけのキスを一つ。


オレからの愛を一身に受け疲れ果てて眠る想い人を起こしてしまうには忍び無く。
静かにベッドを抜け出し冷えた空気に身震いをして、脱ぎ散らかしていた衣服を身に着けた。

普段の堪え性の無さを思えばオコサマなキス一つで良くぞ我慢したものだと自分を褒めつつ、恋人の寝顔を振り返る。
シーツに広がる黒髪の一房にもう一度口付けを落とすと、夢の中の彼へニコリと笑顔を送った。


「…続きは帰ってからのお楽しみ、さ」


その時はまた、狂おしく蕩けるような一時を君と。


まだ柔らかな感触の残る唇に指で触れながら、朝焼けの中そっとドアを閉めた。





fin.


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