BlackJack・2

□Voiceless Canaria
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「先生っ!あのね、今日ねぇ…」

「先生ぇみてみて!こえねぇ…」



いつものように
善く言えば賑やか、悪く言えば喧しいピノコ

ちょっとしたことに一喜一憂しては私の名前を呼んで囀る…


ただ、その日はたまたま仕事でトラブルがあって苛々していた

それでつい声を荒げてしまったのだ…

「少しはその口を黙らせろ!」と…



それがまさかこんなことになってしまうなんて…

私は欠片程にも思っていなかったのだ








その日は珍しく静かな朝だった

「ん…ピノコ…?」

出掛けたのかと眠たい目を擦りつつダイニングに向かうとそこにはいつものように台所に立つピノコの姿があった

「ピノコ?」

呼び声に反応して振り向くとピノコは戸惑いがちに唇を動かそうとして思い止まる

「?…おはようピノコ」

しかしピノコは何も返そうとしない

「ピノコ…怒っているのか?」

その問いにピノコは力いっぱい首を横に振ると俯いてしまった

「ピノコ、黙ってちゃわからないだろう?どうしたんだ…」

「………」


唇は確かに何かを告げようと動いた筈だった


しかし口から出たのはヒュウ…と喉か掠れる音だけだった

途端にピノコの瞳から大粒の涙が零れた

「ピノコ?!一体何があった!」

ピノコは仕方なしといった感じに私を横切り、電話横に置いてあるメモ帳を持ってくるとさらさらと何かを書いて私に手渡した

「……?」

不思議に思いながら見遣ったそれにはたった一言、それも信じ難いことが書かれていた

『こえがでない』

…と





「異常なし…か」

診察室でピノコの喉を診て私は溜息をついた

奥まで診てはみたものの、声が出なくなるような原因は何も見つけられなかったのだ

ホリープも癌細胞も



「もう一度やってみろ」

その言葉にピノコはスゥ…と息を吸って思い切り声を張り上げた…ようにみえた

しかしやはり出てくるのは空気の抜けるような音だけだった


「弱ったな…」

さっぱりわからずに頭を抱えるとピノコはさらさらとまた手帳に何かを書いて手渡してきた

『だいじょうぶ、すぐになおるよ』


「そう…だな。しばらく様子見してみよう」

きっと明日になれば治る…等と楽観的にもそう思ってしまったのだ
仮にも医者である私が



そしてそんな私を嘲笑うかのように
一週間たってもピノコの声は戻らないままだった




「何故だ?!全ての可能性は検査で確認した!…全て陰性だった…なのに何故、何故声が出ないんだ?!」

検査という検査を試したが結果はどれもこれも的外れだった

何も異常がないなら声は出る筈なのに
まるで持ち去られたかのようにその唇が私の名を紡ぐことはなかった

苦悩する私の横でピノコは申し訳なさそうに表情を曇らせ俯いてしまう


声が出ないことで一番戸惑い苦悩しているのは外ならぬ彼女なのだ

そんな彼女の為に何もしてやれない自分に心底無力感を感じ、ただ詰るしかできなかった




ピノコの声が聞こえてこない我が家は
まるで火が消えたかのようで

それがより一層に空気を重くしていく



「こんなことになるなら…あんな事を言わなければよかったな」

声を失う前の日に彼女に投げ付けた酷い言葉を思い出して悔いるように呟いた
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