短編・中編
□ぴかまぐ部長。
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#1.DEBUT!
社内の柱時計が、夜10時を告げた。
あと一時間で仕上げたいなー。できるかな。できなさそうかな。
んぉ〜…あくび、あくびでそ…ぁ〜……っふ、…ふ…
「…んふぁ〜…っだ!!」
「能無し、生きてたのか」
休憩から戻っておおあくびする私に、背後からいきなりの一撃。
なにで殴ったんだ。痛いんですけど!
犯人は、横柄な口調からすぐに分かる。
……一人残業かと思いきや、西原もまだ残ってたとは。
にしても能無しって。
うーん、否定はできないけど、でも。
「西原さん、私の名前、水無です…それに私、今戻ったばっかりなんですけど」
夜10時ですよ。
休憩からいきなりフル稼働はそりゃあ無理なんじゃないかと。
「知るか。目開いてんならとっととやれ」
……。
ちょっとアタマにきた。
若くして部長だかなんだか知らないけど、いやそりゃすごいけど、でもかたっぱしから私のやること為すこと否定しなくてもいいじゃん。
確かに西原は仕事もソトヅラも完璧で、社内の憧れの存在で、確かに私は能無しかもしんないけど、年下の女だからって理由で馬鹿にされるのだけは情けなさすぎる。
最近、私頑張ってると思うんだけど。
こんなこと言うのはアレだけど、隣のデスクの定本先輩よりは確実に頑張ってる…かな、と思う。
はぁ、とこっそりため息をつくと、デスクにことん、と堅い音がした。
見ると、マグカップ。
ぴか〇ゅうの、マグカップだった。
「な…なんですかこれ?」
なんでいい大人がぴ〇ちゅう?
西原さん、あなたもう27でしょ。
西原は何を勘違いしたのか。
「あ?ココア入れてやったんだろ」
いや、そんな不機嫌そうに言わなくても、見ればわかるんですけど、そうじゃなく。
「これ、西原さんのですか?」
そう言うと。
「差し入れて礼も言われないとは新鮮な体験」
不敵に笑う我が上司。
しまった。
「ありがとう、ございます」
って、
「え?部長…、」
「あ?いいから。お前がやるより俺がやる方が早い」
わたしの残業分を引き継ごうとしている西原。
ダージリン色の髪が、暗い部屋の中でさらりと揺れた。
「それ飲んだら早く帰れ」
「え、いや、あのー…」
「俺は明日の俺のためにやってんだよ。生憎お前のためじゃないから要らない気遣うな」
そう言ってかすかに笑う。
明日の俺、ね。
「それでも気にするんなら、」
「あ、はい」
「今度飲みにでも付き合えよ。下戸じゃないんだろう」
温かく濁るココアに、
わたしの赤くなった顔は映らない。
「ほら。突っ立ってんな邪魔」
私は、なんとなく。なんとなく、ココアをゆっくり飲んだ。
24にもなって、こんな男の言葉を真に受けちゃいけないと思いながら。
「部長。今度はコーヒーがいいです」
「は?調子乗るな」
また近いうちに、きみと会える気がする。
ぴかちゅ。
#1 Debut! Fine.