短編・中編

□花冷えとキス
2ページ/24ページ



いや、

なんか、デジャヴだと思ったんだよ。





開口一番、じょんは言った。


この6年の間に、まるで何事もなかったかのように、さも昨日の続きだとでも言わんばかりに。


だから、言ってやった。


「下手くそ。女誘うならもっとましな声の掛け方したら?」


そう言うと、じょんは困ったように長身を揺らしながら、茶色い傘を閉じて笑った。


花冷えの雨の中、ネオンを浴びる雨粒が、深夜の駅前を容赦なく叩く。


「濡れるよ」

「いいよ。そのほうが都合がいい」


じょんは、なぜか薄く笑ったまま、私の腕を取った。


ひた、と触れる、濡れた長い指。


まるで、触れてはいけないものに触れるかのような、犯罪めいた手つきだった。


「ねぇ、いっちゃん」


その声に、全身の感覚が酔う。粟立つ。


「傘、閉じて」


いやだから、濡れるだろ。


――頭の中では正常な反応が返ってくるのに、私の指は中毒症状がおさまらない。


「こっちむいて」

「・・・そっちから雨降ってくる」

「じゃあ場所変わろう」


俺こっち。


じょんは、端正な顔が冷たく濡れそぼるのも構わずに、私が立っていた場所に身体を置く。


 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ