短編・中編
□花冷えとキス
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いや、
なんか、デジャヴだと思ったんだよ。
開口一番、じょんは言った。
この6年の間に、まるで何事もなかったかのように、さも昨日の続きだとでも言わんばかりに。
だから、言ってやった。
「下手くそ。女誘うならもっとましな声の掛け方したら?」
そう言うと、じょんは困ったように長身を揺らしながら、茶色い傘を閉じて笑った。
花冷えの雨の中、ネオンを浴びる雨粒が、深夜の駅前を容赦なく叩く。
「濡れるよ」
「いいよ。そのほうが都合がいい」
じょんは、なぜか薄く笑ったまま、私の腕を取った。
ひた、と触れる、濡れた長い指。
まるで、触れてはいけないものに触れるかのような、犯罪めいた手つきだった。
「ねぇ、いっちゃん」
その声に、全身の感覚が酔う。粟立つ。
「傘、閉じて」
いやだから、濡れるだろ。
――頭の中では正常な反応が返ってくるのに、私の指は中毒症状がおさまらない。
「こっちむいて」
「・・・そっちから雨降ってくる」
「じゃあ場所変わろう」
俺こっち。
じょんは、端正な顔が冷たく濡れそぼるのも構わずに、私が立っていた場所に身体を置く。