Special Novel

□何も持たない僕と…
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その昔、人は魔法と強いては魔物ともっと近しい存在であった。

彼らは人にとって日常の一部であり、ごく一般的にその存在を受け入れて生活していた。

これから始まる話はそんな世界のそんな時代のある場所での、物語である。




§

「うきゃぅっ!?」

素っ頓狂なと以外には表しようのない悲鳴を上げたのは、道を歩く一人の少年だった。

否、正確に言えば今しがたまで歩いていたと言うべきか…今は果たして、と様子を伺えば彼は胸倉を掴み上げられレンガ製の家壁に押し付けられていた。

彼の胸倉を掴んでいるのは二十歳そこそこのいかにも街のチンピラといったガラの悪い男だ。

「あ…ぶ、ぶつかっちゃって、ご、ごめんなさい…あの、その…周りをあんまり見てなくて……」

少年はしどろもどろになりつつも懸命に謝罪を紡ぐが、男は「あぁん?」と威圧するような声を上げて、彼の胸倉を掴み力を益々強くする。

小柄な少年はほぼ爪先立ちの状態になり、プルプルと震えながら大きなキャラメルブラウンの瞳に涙を溜め、同色の髪を揺らすように頭を軽く左右へと振って辺りを見回すが、道行く人々は我関せずとばかりに皆、足早に行き過ぎてしまう。

やはり進んで厄介事に首を突っ込もうとする物好きはそうそう居てはくれないらしい。

キリスト教徒でも何でもない彼は神に祈りを捧げる代わりに、首に掛けてあったペンタクルのペンダントを外し、そっと前に差し出す。

特別な装飾や宝石の類いとは一切縁のない真鍮製のソレは、光を受けて鈍く輝いている。

男は訝しげな顔をしてソレをジッと見つめていたが、やがてチッと舌打ちし少年の手から奪い取るように掴む。

「あ、あの…」

「何だぁ?こんなモンで慰謝料の代わりにでもなると、思ってんのかぁ…?」

言いながらプラプラと目の前でペンダントを揺らす男に、少年は慌てて口を開いた。

「あ、あの早く手を離して下さい。あ“貴方が危ない“ですよ…?」

彼の意味不明な言葉に首を傾げるより早く、男はその意味を理解することとなった。

手にしていたペンダントが突然僅かに熱を帯びたのだ。

『…汚い手で触れないで下さいますか?不快の極みです』

続いて響いたのは甘やかな男の声音。ただし、声の出所は全くの不明である。

強いて言うなら男の手にしているペンダントから発せられているようにも聞こえる。





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