「お前らは、神を殺したいと思うか」

唐突すぎるその質問に、彼が望む返答をした者はいなかった。
「神って何のことだい、日野様」
「……何かの比喩、でしょうか?」
首を傾げながら問うた部下に、彼は笑いながら答える。ひどく楽しそうに、心底嬉しそうに。
「神。総てをおさめる偉大な力を持つもの、断罪者」
「それがどうしたってんだよ」
「お前等はそんな奴を殺したいとは思わないか? 神を殺しその座から引きずりおろし、絶望の表情を見てみたいとは思わないか」
「……よく分かりません、日野様」
「私も、日野君が何を考えているのかわからないわ」
「私もですー」
彼は何を言いたいのか、神と抽象的なものを口にしているが一体何が目的なのか。首を傾げる部下達を眺め回し、彼は高らかに笑った。


* * *


静まり返った校舎。あと数時間もすれば大勢の生徒達で溢れかえるそこは、未だ夜の静寂に包まれている。
「……タイムオーバー、か」
校舎の窓越しに、淡い色に塗り替えられていく空を眺めながら日野は呟いた。
彼には部下達にゲームの終了を告げ、どこにあるかもわからない『物』を処分する必要があった。

「あっ、日野様」
「お疲れ、福沢」
「折角日野様にアンプルの場所教えてもらったのに、坂上君来なかったんですよー」
「ヒャハハ、残念だったな」
「次こそは一番乗りしたいなー」

「よう、細田」
「あ……、日野様」
「坂上の奴は来たか?」
「い、いえ、来て…ません」
「そうか。保健室なら来るんじゃないかと思ったんだがな」

「どうだった、新堂」
「……申し訳ありません」
「そうか、お前でも見つけられなかったか。敷地外には出てないはずだが、何処で死んでるんだろうなぁ」
「まだ見つからないんですか」
「お前があいつの立場だったらどうする……いや、何処に行く?」

ぺたり、ぺたりと校舎に日野の足音が響く。部下の性格を考えて彼らが居そうな場所を回るが、もう一つの目当てのそれは見当たらない。ゲームは終了しているというのに、今日の校舎は普段の姿と全く変わらない。処理も掃除もしなくて済むのは楽なんだがな、誰にともなく呟く。
毒薬を飲ませて5時間、何もしなかったらしい獲物の死顔を思い浮べ、日野は歩を進める。未だ夜の眠りについたままの校舎は、日野の足音だけを響かせるばかりだ。


* * *


それは、荒井にとって予想外の出来事だった。客観的に見たならば紛れもない危機だったが、荒井にとってそれは同時に紛れもない好機だった。
柵から身を乗り出し、遥か下の地面へと視線をやった荒井の目に映るのは、一人の男子生徒……の、死体だ。
(よく聞こえなかったけれど、叩きつけられる時の音はどんなものだったんだろう)
今この場に『実験結果』を書き込むものが無いことを悔やみながら、それでもそんな事を考える時間すら惜しんで荒井はそれの観察を続ける。
血液の飛び散り方。折れ曲がった手足の向き。首が変な方向に折れているし、間違いなく即死だろう。紙にペンで書きなぐる代わりに、脳に記憶を刻み込む。
何分そうしていたか、やっとで満足した荒井は赤く染まった地面から目を離した。
ふと、視界の端に映った一枚の紙。彼が書いた、遺書だ。

『父さん母さん、先立つ不幸をお許しください。』

そんな有りがちすぎる文句から始まる遺書は、それを書いた者の感情を全く伝えない薄っぺらいものだ。両親への謝罪、迷惑をかける学校関係者への謝罪、自殺の理由、別れの言葉…それら全てが彼を感じさせない、ありきたりで無難とすら言える遺書。
最も、それを書いた本人はただの見本のつもりで書いたはずだから、それが何も伝えないのは当たり前の事だったが。
これがあれば自分が犯人とは思われないのではないか、そう考えた荒井はふるふると首を振った。先程握ったシャーペン。あれには荒井の指紋が付いている。
辺りを見渡すが、そんなもの存在したのだろうかと思えるほど、小さなシャーペンは見つからない。作業中に落としてしまったのだろうかー……そう考え、荒井は再度地面に目をやった。

屋上から地面に叩きつけられるまでに見える景色は、聞こえる音は、どんなものだろうか。ゆっくりと足をかけ、柵を乗り越える。一つ壁を越えたからだろうか、荒井の体に以前のような震えは無い。
彼の体に、シャーペンの傷は残ったままだろう。荒井と彼が共に過ごしていた事を知っている生徒は少なくない。警察の事情聴取を嘘で乗り切る自信など、荒井には無かった。
それならば、

目の前に広がる虚空。一歩踏み出せば、もう荒井を縛るものは無い。
さぁ、二度目の実験だ。
日野が声をかけてたのは、荒井が片足を前……空中に出した時だった。

その出会いは確かに荒井を変えた。日野は常識という線を一歩越えただけで躊躇し逃げようとした荒井の手を取り、元いた場所へ戻ることなど出来ない場所へ、荒井を連れていったのだ。

「ようこそ、殺人クラブへ」

日野…いや、『日野様』の周りには、荒井と同じ道を辿ったのだろう同士達がいた。





[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ