長編1

□第一部
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第一話 罪と罰。



それは、何の前触れもなく、現れた。


「早紀!!何をしておるか!」

遠くで、ばあやの声が聞こえる。

「早紀お姉さまっ!早く…早く、お逃げ下さい…。」
「由紀美!」

幼い声が、耳に届く。
今、逃げるわけには行かない。
今逃げてしまったら、一生後悔する。
そんな後悔なんて、背負いたくも無い。

この手で護るべきはずの少女を、護れなかったと、悔やむのは真っ平ごめん。
今逃げてしまったら、自分は弱いのだと、思い知らされる気がして。

「由紀美、わたしはお前を置いては行けぬ!」
「早紀お姉さま…。私は、もう…」
「わたしが、わたしがお前を護る。だから死ぬな!
わたしが必ず護るから…だから、もう少し…」

護りたかった、どうしても。


「いいのです…私の事は忘れて…。」
「忘れはせぬ!お前はわたしの…」
「………この由紀美、貴女様のお側に居られるだけで…幸せ……でした…。」

力なく、落ちる細い腕。

「由紀美ーーーっ!」

そっと、腕の中で息を引き取る小さな命。
失いたくないと、切実に願っていた、小さな命の灯が、今、儚く消えた。


――――

黒く真っ直ぐでしなやかな髪の少女は、同じく黒髪の娘の腕の中で、静かに息を引き取った。


硬く閉じられた瞼から頬を伝うのは、泪。

何度も泣いたのだろう。
その柔らかな頬にその跡を残していた。

「……由紀美…。何故お前は…、最期まで、わたしの欲しい言葉をくれる…?」

娘は、少女の身体を強く抱き寄せ、泪を流す。
「……目の見えないお前を襲ったのは…、誰だ?誰が、お前の命を奪ったのだ…?」

血色を失っていくその薄い唇は、二度と動く事は無い。
閉じられた瞼も、真っ直ぐで穢れない瞳も、娘の姿を映す事はない。

「………早紀!!」

遠くで聞こえていた老婆のしわがれた声が、今は近くに来ていた。
「!!由紀美…なんて事じゃ…由紀美まで…。」
娘の腕の中で横たわる、少女の姿を見て、老婆は少女に縋るように声を落とした。

「ばあや、今、何が起こってるのです?誰が、由紀美を殺したのですか…?」
我を失った娘…早紀は、少女の顔を見つめたまま、呟いた。
「……奇襲じゃ。死神たちの。」

『死神』聞きなれない言葉に、先は目を丸くした。
「…死神…?」
「あぁ、死神じゃ。その名の通り、死を司る神…。奴らは、この世界を乗っ取ろうと動いている…。
我ら、時の番人の護るこの世界を、乗っ取ろうとしているのじゃ。」

理解、出来なかった。
死神だとか、世界を乗っ取るだとか。
わからない事だらけ。

「何を…おっしゃるんです、ばあや。わたしたちの家系は、
代々巫女として不思議な力が伝統的に伝わったと…。
『時の番人』など、知らない…。死神などと、知らぬ…。」

早紀は必死に首を横に振る。

「……時が来るまで、この事は伏せているつもりだった。しかし、もうそうも云ってられない状況だ…。
早紀…お前が…、竜崎家最後の当主じゃ。
何がなんでも、容易く絶えてはならん血なのだ。だから、この刀をお前に授ける。」

老婆は何処から持ち出したのか、早紀の目の前に身の丈程もある長剣を差し出す。

「…これは…?」
「この刀は、雹礁(ひょうしょう)というてな、竜崎家の家宝。代々当主に受け継がれる刀じゃ。
この刀には、闇の力が宿っているとされる。この刀に収められた呪いが、この世界を覆い尽くせば、この世界は混沌に落ちよう。
おそらく死神どもは、この刀を奪い、呪いを解放させる事が目的だろう…。
我ら時の番人は、この刀を死神たちから護り、この世界の安泰を保護する重大な役目を担っているのだ。」
老婆が差し出したその刀は、蒼い柄をしていた。





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