長編1

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第二十一話  触れた指先


3月14日。

バレンタインの一ヵ月後のその日。
智季はやけに緊張していた。


「…少しは落ち着いたらどうだ?智季。」


駅前の待ち合わせ。
待ち合わせ時間にはまだ十分な時間がある。
そわそわと時計を見ている智季に、隣で壁に体を預けている智也が呆れたように声をかける。

「お、落ち着いていられるか、これがっ…!なんでお前はそんなに余裕なんだよ!!」

智季とは正反対で、ただじっと待ち合わせている人物が来るのを待っている。
そんな智也に、智季が声を荒げる。

「…冷静になれば、冷静になるだけ、共有する時間に意味が持てる。
相手が何を云ったか、どんな表情をしたか、どんな気持ちなのか。
ただ一緒に過ごすだけじゃ、ダメだと思うから。」

「答えになってねぇよ…。」

顔はそっくりなのに、性格は正反対。
こんなにも似ていて、こんなにも似ていない双子などそうそう居るものではない。


「それに…、今日は大事な日にしたいから。」

「…智也、お前…。」

何か心に秘めている智也の様子を感じ取った智季は智也をまじまじと見つめた。


「……少すずつ…、少しずつでいいから、距離を縮めたい。だから、こうして待ってる。」

「………。」

「家帰ったら、お互いに隠し事、無しな。」

「な、何だよ…急に…。」

「…正直に話そうぜ。もうお互いに分かってる事なんだから。」

「………。」

智也は無機質な瞳を、智季に向ける。
智季はその無機質な瞳を見つめ返した。


「……そうだな…。」


智季は溜息混じりにそう呟き、智也と同様に壁に体を預けた。




「ごめん、待たせちゃった?」



背を向けている駅のホーム内から、待ち人の声が耳に届く。

「あ、いや…。」

「やっぱ日曜だから混んでるね…。予定ではもう少し早く着くはずだったんだけど、切符買うのに並んじゃったから…。」

智季の前に現れたのは、いつものお団子頭ではなく、髪を下ろした夏菜の姿。
春先と云えど、まだまだ寒さの残る季節。
マフラーにコートを身に纏った夏菜が後ろを振り返る。


「それにしても…、智也くん、大胆だね。」

「え…?」

周囲…、後ろの方を特に注意して見ていた夏菜が智季に向き直り、小声で云った。
智季は何の事か分からず、首をかしげた。

「だって、優紀ちゃん直接誘ったって云うし。やっぱり、バレンタインデートが効いたかな。」

夏菜は楽しそうに智季に耳打ちし、ちらり、と智也と優紀の二人を見た。

「ふふ、これであの二人は時間の問題、か…。ひと段落、だね。」

「あ、あぁ…そうだな…。」

智也と優紀が両想いだということに気付いているのは、智季と夏菜だけ。
勘のいい頼人は気付いているかもしれないが、啓や仁美、瑞穂は気付いていないだろう。

バレンタインの日、夏菜と智季は二人をくっつける為の作戦を決行し、それがうまくいったのか、今回はそれぞれ別々の場所に行く事になっていた。


「じゃあ智也くん、優紀ちゃんの事、よろしくね!」

「…あぁ。」

「ちょ、ちょっと夏菜!何云ってんのよ!」

「そのままの意味。今日は、智也くんからのお誘いなんだから!思う存分、デート楽しんで来てね!!」

「夏菜ぁ…!」

「ほらほら、行った、行ったぁ〜!」


そんな調子で智也と優紀の二人を見送り、夏菜は智季を見上げる。


「それで智季くん、私たちはどうする?」

「あ、あー…。」


数日前、智季と智也はそれぞれ夏菜と優紀を今日のデートに誘っていた。

デートと云ってもいいのかは不明だが、それぞれ二人だけで出かけよう、と誘っていた。

そして、二人は快く誘いを受け、今日に至る。

しかし、実際何処に行くか、などというプランは全く考えておらず。


「私、智季くんが行きたいところに行きたいな。」

「俺が行きたいところ…?」

「うん。」

「…俺が…、行きたいところ…か…。」

「うん。何処でも。」

「………。」

智季は、夏菜が行きたいと云ったところに行こうと思っていたのだ。

「…夏菜が行きたいところ。」

そして、正直にそう答えたのだった。




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