「反乱が起きたときは、どうする?」 曹叡の問いに、司馬懿は残酷な答えを淡白に返す。 「正丁は皆殺しですな」 「なぜだ」 「反乱の起こしようがありません」 事実、この男は似たような方法で、幾度か反乱を鎮圧している。 切れ長の目、高い鼻梁の下に引き結ばれる薄い唇。 やや酷薄そうな印象を与える、いかにも犀利で冷徹な容貌。 司馬懿の持つ雰囲気というのは、鋭利で残忍な軍師、そのものだ。 どれほど高位に上ろうと、彼の慧敏さは失われることがない。 そこが、曹叡の一番気に入っている点であった。 ふと、曹叡は、司馬懿の白い指先に触れた。彼の手は、男でありながら白く、細い。それがたまらなく印象的で、美しい。 「陛下?」 少しも動揺を見せない声には答えず、曹叡は彼の指をなぞる。 「佼しい指だな」 繊細な細工物に触れるがごとく、そっと撫でつつ、静かな声で呟く。 「この佼しい指で、残酷な命令を下す」 つと、白い指を手に取る。 同じ白でも、硬い玉のような司馬懿の指と、柔らかな素のような曹叡の指。冷ややかな指を、まことの宝玉のように弄んでいた曹叡だが、不意に紅い唇を開き、軽く噛んだ。 「陛下、お戯れが過ぎますぞ」 静かに嗜める。静かで、情の入る余地もない声に、曹叡は濡れた瞳を上げた。 「私では不服か、公よ」 「何を仰っておられるのか……」 「私のことは愛せぬか」 「畏れ多いことです」 巧みにかわしながらも、その瞳には不思議な細波が浮かんでいる。 動揺だった。 それを、過敏ともいえるほど鋭い曹叡の神経は、逃さなかった。 「私のことは愛せぬか」 返答の隙は与えない。 「父には愛されながら」 斬りつけるように言って、舌先で中指を細く舐め上げた。 「お止めください……」 主の返答はない。 答える代わりに、紅い舌が白い指を愛玩するように動く。 そうして時折、挑発するように目を上げる。 嘲弄するような微笑で、彼の目を捉えようとする。 見上げた表情は、白く、冷たく固まっている。 だが、されるがままに指を与えていることが、証左であるともいえた。 曹叡は、唾液で光る指を自らの頬へ当て、嫣然と歪めた唇を舐めた。 その表情を見た瞬間、司馬懿は全てを諦めた。 妖しく残忍な、その表情を、彼は臥所で数え切れないほど見た。 「どうして……」 掠れた声で、彼は呟く。 「どうして、私を縛りつけようとなさる……」 曹叡の顔を見つめながら、その眼差しは、彼を通した過去を眺めている。 その様を満足そうに見やり、曹叡は甘い響きで容赦ない言葉を突き刺す。 「公よ、私はそんなに、父に似ているか?」 妍冶とした微笑で、曹叡の白い腕が司馬懿の背にめぐらされた。 「ならば、愛せ。私を、父と同じように」 ――違う、愛してなどいない、あれは愛などではない。 そう思いたかった。 だが、耳元を犯すような妖しい声を聞いた時、彼は主の唇を夢中で奪っていた。 形のよい唇は温かく、柔らかいが弾力がある。 唇へ割って入り、唾液と共に絡み合い、丸く小さな皓歯を撫で、触れる柔らかな舌をきつく吸い上げる。 曹叡は息苦しそうに唇を離した。 唾液を引いて唇は離れたが、小さく息を整えたのを見計らい、司馬懿が再び唇をふさぐ。 「ん…っ…」 低い声を漏らしながら、曹叡は司馬懿の接吻に応えていた。 慣れた者の簡単な愛撫ではあるが、相手が司馬懿だと認識している曹叡の思考は、異様な状況に熱を帯びていた。 行為の快感に酔っていたこともあるが、熱く貪られたためか、体の均衡が崩れる。 咄嗟に唇を離した反応はさすがであった。 軽い音と共に、華奢な体躯が磨かれた床に投げ出される。 倒れこんだ主を、司馬懿は何ともいえない光を宿した瞳で見下ろしていた。 突き放した衝撃で襟元が乱れ、透けるように白い胸元がのぞく。 当の曹叡は、立ち上がろうとせず、誘うように唇を吊り上げた。 「どうした。このまま、私に恥をかかせるのか?」 余裕を見せる、不敵な挑発の言葉。それが、自分を激しく求め、誘う言葉だとは、察知できた。 (ああ、本当に、似ている) 妖しくも酷薄な微笑を浮かべ、きつい意思を湛えながらも濡れた眼差しで、高慢に挑む表情。 ――お前は私から離れられぬ。 耳朶を舐め上げる声が、まざまざと蘇る。 ――だからこそ、私がどんな風に振舞おうと、お前は私を抱くのだろう…? 司馬懿はうっすらと笑った。 「そうですよ、陛下」 艶然と凄まじい微笑を張り付かせて、衣装を乱した主へ歩み寄る。 「ですから、あなたを抱いて差し上げる」 自信に満ちたその顔が、美しく歪むのを見たいのですよ。 |