帳中

□弄玉
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「反乱が起きたときは、どうする?」
 曹叡の問いに、司馬懿は残酷な答えを淡白に返す。
「正丁は皆殺しですな」
「なぜだ」
「反乱の起こしようがありません」
 事実、この男は似たような方法で、幾度か反乱を鎮圧している。
 切れ長の目、高い鼻梁の下に引き結ばれる薄い唇。
 やや酷薄そうな印象を与える、いかにも犀利で冷徹な容貌。
 司馬懿の持つ雰囲気というのは、鋭利で残忍な軍師、そのものだ。
 どれほど高位に上ろうと、彼の慧敏さは失われることがない。
 そこが、曹叡の一番気に入っている点であった。
 ふと、曹叡は、司馬懿の白い指先に触れた。彼の手は、男でありながら白く、細い。それがたまらなく印象的で、美しい。
「陛下?」
 少しも動揺を見せない声には答えず、曹叡は彼の指をなぞる。
「佼しい指だな」
繊細な細工物に触れるがごとく、そっと撫でつつ、静かな声で呟く。
「この佼しい指で、残酷な命令を下す」
つと、白い指を手に取る。
 同じ白でも、硬い玉のような司馬懿の指と、柔らかな素のような曹叡の指。冷ややかな指を、まことの宝玉のように弄んでいた曹叡だが、不意に紅い唇を開き、軽く噛んだ。
「陛下、お戯れが過ぎますぞ」
 静かに嗜める。静かで、情の入る余地もない声に、曹叡は濡れた瞳を上げた。
「私では不服か、公よ」
「何を仰っておられるのか……」
「私のことは愛せぬか」
「畏れ多いことです」
 巧みにかわしながらも、その瞳には不思議な細波が浮かんでいる。
動揺だった。
 それを、過敏ともいえるほど鋭い曹叡の神経は、逃さなかった。
「私のことは愛せぬか」
 返答の隙は与えない。
「父には愛されながら」
 斬りつけるように言って、舌先で中指を細く舐め上げた。
「お止めください……」
 主の返答はない。
 答える代わりに、紅い舌が白い指を愛玩するように動く。
 そうして時折、挑発するように目を上げる。
 嘲弄するような微笑で、彼の目を捉えようとする。
 見上げた表情は、白く、冷たく固まっている。
 だが、されるがままに指を与えていることが、証左であるともいえた。
 曹叡は、唾液で光る指を自らの頬へ当て、嫣然と歪めた唇を舐めた。
 その表情を見た瞬間、司馬懿は全てを諦めた。

妖しく残忍な、その表情を、彼は臥所で数え切れないほど見た。

「どうして……」
 掠れた声で、彼は呟く。
「どうして、私を縛りつけようとなさる……」
 曹叡の顔を見つめながら、その眼差しは、彼を通した過去を眺めている。
 その様を満足そうに見やり、曹叡は甘い響きで容赦ない言葉を突き刺す。
「公よ、私はそんなに、父に似ているか?」
 妍冶とした微笑で、曹叡の白い腕が司馬懿の背にめぐらされた。
「ならば、愛せ。私を、父と同じように」

――違う、愛してなどいない、あれは愛などではない。

 そう思いたかった。
 だが、耳元を犯すような妖しい声を聞いた時、彼は主の唇を夢中で奪っていた。
形のよい唇は温かく、柔らかいが弾力がある。
 唇へ割って入り、唾液と共に絡み合い、丸く小さな皓歯を撫で、触れる柔らかな舌をきつく吸い上げる。
 曹叡は息苦しそうに唇を離した。
 唾液を引いて唇は離れたが、小さく息を整えたのを見計らい、司馬懿が再び唇をふさぐ。
「ん…っ…」
 低い声を漏らしながら、曹叡は司馬懿の接吻に応えていた。
 慣れた者の簡単な愛撫ではあるが、相手が司馬懿だと認識している曹叡の思考は、異様な状況に熱を帯びていた。
 行為の快感に酔っていたこともあるが、熱く貪られたためか、体の均衡が崩れる。
 咄嗟に唇を離した反応はさすがであった。
 軽い音と共に、華奢な体躯が磨かれた床に投げ出される。
 倒れこんだ主を、司馬懿は何ともいえない光を宿した瞳で見下ろしていた。
 突き放した衝撃で襟元が乱れ、透けるように白い胸元がのぞく。
 当の曹叡は、立ち上がろうとせず、誘うように唇を吊り上げた。
「どうした。このまま、私に恥をかかせるのか?」
 余裕を見せる、不敵な挑発の言葉。それが、自分を激しく求め、誘う言葉だとは、察知できた。
(ああ、本当に、似ている)
 妖しくも酷薄な微笑を浮かべ、きつい意思を湛えながらも濡れた眼差しで、高慢に挑む表情。

――お前は私から離れられぬ。

 耳朶を舐め上げる声が、まざまざと蘇る。

――だからこそ、私がどんな風に振舞おうと、お前は私を抱くのだろう…?

 司馬懿はうっすらと笑った。
「そうですよ、陛下」
 艶然と凄まじい微笑を張り付かせて、衣装を乱した主へ歩み寄る。
「ですから、あなたを抱いて差し上げる」

 自信に満ちたその顔が、美しく歪むのを見たいのですよ。



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