見下ろす司馬懿の表情は、冴え冴えと冷えている。 その寒々しい端正さを見ただけで、曹叡の胸にぞくりと奔る感情があった。 それを読み取ったのかどうか。 司馬懿の白い指は曹叡の薄い絹服に触れ、あわいをはだけてゆっくりと胸元をくつろげる。 もう片方の手は器用に帯鉤を外し、帯を解きにかかっていた。 その様子を見つめながら、曹叡は囁く。 「あなたは、毒だな」 「毒、でございますか」 「ああ。それも、媚薬のような猛毒だ」 あまりな仰りようです、と、司馬懿は苦笑いした。 曹叡もくすりと笑ったが、 「あなたに触れずにはいられない。……だが、触れれば身は破滅する。あまりに危険な香りに毒されてな。それでも――身を滅ぼすと解っていても、その甘美さを味わいたくてたまらなくなる」 それがあなただ、と曹叡は言う。 寡黙な君主に、これほど堕ちて美しい言葉を、饒舌に語らせる。 「あなたが欲しい。あなたを縛りつけられるなら、国など、天下など、やろう」 熱に動かされたかのように激しい言葉を吐く。 そのまま、口元だけを微笑に染めた司馬懿を、強く抱き寄せた。 「だから、私を……」 言葉にならない激情が、語尾を掠れさせ、打ち消す。 司馬懿はされるがまま体を預けながらも、主の愛情に飢えた様に、今は亡き想い人を重ねずにはいられなかった。 彼は愛情に慣れておらず、他人との距離――肉親であろうと――は全て「支配する立場」しか取れなかった。 それでいて、他人からの愛情を知らず知らずのうちに求め、求めながらも自分の性格に妨げられてしまう。 一度愛せば限りなく鍾愛し、一度憎めば死んだ後も貶斥する。好悪の情が激しい人であった。 そんなかつえた彼の心情を理解できたのは、片手で数えるほどだろう。 だが、どれだけ彼を理解していても、彼がその人たちを心から信頼できていたか、といえば、それもまた疑問だった。 いや、心を許しただけに、一度でも疑いが起これば烈しい憎悪に変わることは、想像に難くない。 そうして、彼は最愛の人――生死をも共にした伉儷を、死に追いやってしまった。 あの後、寝所でただ一筋、彼が流した涙。それをすくい取った感覚が、今でも忘れられない。 ――お前だけは、私から離れるな。離れることは許さぬ。お前だけは…… 「仲達」 見下ろす視線の先には、あの人ではなく。 しかし、限りなくあの人に近い表情をする、その子。 「こう呼ばれるほうが、好きか?」 皮肉そうに笑い、我に返った司馬懿の首へ腕を回す。 「仲達」 熱っぽく囁く声。張り詰めた孤独な響き。 「愛している」 そうであれば、優しく応えてなければなるまい。 「私もです、元仲様」 |