帳中

□契文
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「また、傷つけてしまったな…」

 血の滲む、真新しい裂傷を目にすると、溜息が漏れた。
 触れようとして、つと、指を止める。
 撫でれば、もっと痛む。
 これ以上、傷つけたくなかった。
 白く引き締まった背中。肩口から背中にかけて、無数に散らばる、傷、痣、爪痕、歯形。

 薄皮が裂けて白くささくれ立った程度のもの、皮膚が破れ赤く腫れ上がったもの、ふさがらず血が滲むもの。
 ふさがりかけた傷の上から再び引き裂かれ、みみず腫れになっている箇所もたくさん。
 月型に赤黒く、深々と爪が喰い込んだ痕。
 歯を立てて陥没した痣、あるいは食い破られた傷。

 その全てを自分がつけたのだと思うと、形容しがたい思いが胸中にわだかまる。
 目の前に、今つけられたばかりの爪痕が、ぱっくりと赤い口を開けている。
 じくじくと血の滲む傷口は、呼吸とともにうごめき、幽かな灯火に息づいている。
 そっと、唇を寄せて、吸い付いた。
「…ッ」
 痛みに息を呑む感覚が、じかに伝わる。
 今、彼はどんな表情をしているのだろう。
 自分を抱いているときのように、あの倩しい眉をひそめ、目蓋を伏せているのだろうか。
 唇の奥から這い出た舌が、傷口を撫でた。
 熱くて、どこか痺れるような、あの――血の味がする。
 洗い流してやりたい。
 だから、唾液をたっぷりと舌に乗せて、深く深く、傷口に触れた。
「っ…ふ…」
 こわばる筋肉と、うごめく皮膚。
 けれど、吐き出される息は、熱い。
「痛いか…?」
 唇は触れたまま、聞いた。
「はい…」
 ひそやかに笑うのが、わかった。
「ですが、嬉しい…」
 暗い歓びを伝える声に、胸がざわめく。
 錯綜する感情が、少しずつ、ほどけ、消えていく。
 目の前の傷は、濡れそぼり、ひくひくとうごめいている。
 その淫らな口に、待ち望んでいたであろう爪を、優しくあてがってやった。
 今度は、容赦なく引き裂いた。
「ぐ…ぅっ…」
 びくりと震える体。
 低く漏れる声。
 苦痛を耐えることと、情交に悦ぶことは、あまりにも似ている気がした。
「子元…今、お前に傷をつけたぞ…!」
 幸せそうに目を細め、にじむ血へ頬を寄せる。
 もう、ためらいは失せていた。
 代わりに在るのは、自分の存在を刻み付ける喜び。
 きっと、今、彼も嬉しいのだろう。
「子元、嬉しいか?――私はとても嬉しい」
 刻まれた全ての傷が愛おしくて、背中ごと抱きしめる。
 優しく回された白い腕に口付けながら、彼も応える。

「嬉しいですよ、元仲さま。私は今、とても嬉しい」





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