「また、傷つけてしまったな…」 血の滲む、真新しい裂傷を目にすると、溜息が漏れた。 触れようとして、つと、指を止める。 撫でれば、もっと痛む。 これ以上、傷つけたくなかった。 白く引き締まった背中。肩口から背中にかけて、無数に散らばる、傷、痣、爪痕、歯形。 薄皮が裂けて白くささくれ立った程度のもの、皮膚が破れ赤く腫れ上がったもの、ふさがらず血が滲むもの。 ふさがりかけた傷の上から再び引き裂かれ、みみず腫れになっている箇所もたくさん。 月型に赤黒く、深々と爪が喰い込んだ痕。 歯を立てて陥没した痣、あるいは食い破られた傷。 その全てを自分がつけたのだと思うと、形容しがたい思いが胸中にわだかまる。 目の前に、今つけられたばかりの爪痕が、ぱっくりと赤い口を開けている。 じくじくと血の滲む傷口は、呼吸とともにうごめき、幽かな灯火に息づいている。 そっと、唇を寄せて、吸い付いた。 「…ッ」 痛みに息を呑む感覚が、じかに伝わる。 今、彼はどんな表情をしているのだろう。 自分を抱いているときのように、あの倩しい眉をひそめ、目蓋を伏せているのだろうか。 唇の奥から這い出た舌が、傷口を撫でた。 熱くて、どこか痺れるような、あの――血の味がする。 洗い流してやりたい。 だから、唾液をたっぷりと舌に乗せて、深く深く、傷口に触れた。 「っ…ふ…」 こわばる筋肉と、うごめく皮膚。 けれど、吐き出される息は、熱い。 「痛いか…?」 唇は触れたまま、聞いた。 「はい…」 ひそやかに笑うのが、わかった。 「ですが、嬉しい…」 暗い歓びを伝える声に、胸がざわめく。 錯綜する感情が、少しずつ、ほどけ、消えていく。 目の前の傷は、濡れそぼり、ひくひくとうごめいている。 その淫らな口に、待ち望んでいたであろう爪を、優しくあてがってやった。 今度は、容赦なく引き裂いた。 「ぐ…ぅっ…」 びくりと震える体。 低く漏れる声。 苦痛を耐えることと、情交に悦ぶことは、あまりにも似ている気がした。 「子元…今、お前に傷をつけたぞ…!」 幸せそうに目を細め、にじむ血へ頬を寄せる。 もう、ためらいは失せていた。 代わりに在るのは、自分の存在を刻み付ける喜び。 きっと、今、彼も嬉しいのだろう。 「子元、嬉しいか?――私はとても嬉しい」 刻まれた全ての傷が愛おしくて、背中ごと抱きしめる。 優しく回された白い腕に口付けながら、彼も応える。 「嬉しいですよ、元仲さま。私は今、とても嬉しい」 |