扉の奥から聞こえる、細く、高い声に、足が止まった。 「あっ…ぅ…ん…」 掠れたような囁き、うめき声。 それを知らないほど、彼は幼くない。 人払いを命じられている、という衛兵たちの訴えの意味を、今更ながら理解した。 「…ぁっ…だ、め……だめ…ッ…あぁ…!」 ――いけない! 心は警告するのに、歩みは止まらない。 牀榻の上で絡み合う、二人の姿があった。 上の男が覆い被さるようにして責めているので、相手が誰であるのか判らない。 ただ、大きく開かれた白い脚が、その快楽の大きさを示すように、妖しく揺れ動き、絡みつく。 男の動きが激しさを増し、牀榻のきしむ音がせわしなく響く。 黒い官服の襟に、白い手が伸びた。 快楽に耐え切れないのか、爪を立てるように強く引きつかんでいる。 そして、悲鳴が上がる。 「ゃあッ…や、め……も…っ…ゃ、やめろ…」 耳を疑った。 常よりも高く、弱いが、確かに聞き知った――男の声。 扉の向こうでは、声にならぬ嬌声と熱い呼吸が続いている。 そのうちの一方が、泣くような切迫した息遣いに変わり始めた。 責めている方の声だろう、低い笑声と共に、何か囁いている。 そのまま、相手の片方の脚を肩に担ぎ上げ、更に激しく突き上げる。 「ああ……だめ…だめ……そこ…は……あぁッ!」 抱かれている相手の体の向きが変わる。 仰け反り、横へそらされた顔は、紛れもなく。 「子上……」 乱れた黒髪、紅潮した白い頬、歪んだ柳眉。 そのどれもが、普段の冷徹な彼からは想像もつかないほど、淫靡だった。 「いや…ゆるして……もう、だめ…だめ…ぁ…や、だ…ゆるして…!」 慇懃で穏やかで、それでいてどこまでも情愛に欠けた言葉しか発さぬはずの唇が。 熱く舌足らずな言葉で許しを請い、それでいてどこまでも淫楽を願い続けている。 その赤く熟れた唇をふさぎ、激しい律動を繰り返す相手。 肌のぶつかる生々しい音が響き、喘ぐ声も切迫した呼吸にかすれていく。 「だめ!いやだ、公閭ッ!」 その後、どうやって帰ったのか、覚えていない。 寝殿の居室へ戻り、水を飲もうとしたとき、初めて、杯を持てぬほど手が震えていることに気がついた。 侍人らに、しばらく誰の謁見も取り次がぬよう命じると、曹髦は長椅子へ突っ伏した。 いまだに信じられなかった。 あの、いついかなるときも冷静で、腹の底を決して見せない男が。 同じ男に、文字通り身を任せ、あのような痴態をさらすことができようとは。 もっと信じられないのは。 忌むべき光景にも関わらず、目を逸らせなかったこと。 そして――淫蕩な司馬昭の表情を、美しいと思ってしまったことだった。 |