帳中

□薄夜
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 扉の奥から聞こえる、細く、高い声に、足が止まった。

「あっ…ぅ…ん…」

 掠れたような囁き、うめき声。
 それを知らないほど、彼は幼くない。
 人払いを命じられている、という衛兵たちの訴えの意味を、今更ながら理解した。

「…ぁっ…だ、め……だめ…ッ…あぁ…!」

――いけない!

 心は警告するのに、歩みは止まらない。
 牀榻の上で絡み合う、二人の姿があった。
 上の男が覆い被さるようにして責めているので、相手が誰であるのか判らない。
 ただ、大きく開かれた白い脚が、その快楽の大きさを示すように、妖しく揺れ動き、絡みつく。
 男の動きが激しさを増し、牀榻のきしむ音がせわしなく響く。
 黒い官服の襟に、白い手が伸びた。
 快楽に耐え切れないのか、爪を立てるように強く引きつかんでいる。
 そして、悲鳴が上がる。
「ゃあッ…や、め……も…っ…ゃ、やめろ…」
 耳を疑った。
 常よりも高く、弱いが、確かに聞き知った――男の声。
 扉の向こうでは、声にならぬ嬌声と熱い呼吸が続いている。
 そのうちの一方が、泣くような切迫した息遣いに変わり始めた。
 責めている方の声だろう、低い笑声と共に、何か囁いている。
 そのまま、相手の片方の脚を肩に担ぎ上げ、更に激しく突き上げる。
「ああ……だめ…だめ……そこ…は……あぁッ!」
 抱かれている相手の体の向きが変わる。
 仰け反り、横へそらされた顔は、紛れもなく。

「子上……」

 乱れた黒髪、紅潮した白い頬、歪んだ柳眉。
 そのどれもが、普段の冷徹な彼からは想像もつかないほど、淫靡だった。
「いや…ゆるして……もう、だめ…だめ…ぁ…や、だ…ゆるして…!」
 慇懃で穏やかで、それでいてどこまでも情愛に欠けた言葉しか発さぬはずの唇が。
 熱く舌足らずな言葉で許しを請い、それでいてどこまでも淫楽を願い続けている。
 その赤く熟れた唇をふさぎ、激しい律動を繰り返す相手。
 肌のぶつかる生々しい音が響き、喘ぐ声も切迫した呼吸にかすれていく。

「だめ!いやだ、公閭ッ!」






 その後、どうやって帰ったのか、覚えていない。
 寝殿の居室へ戻り、水を飲もうとしたとき、初めて、杯を持てぬほど手が震えていることに気がついた。
 侍人らに、しばらく誰の謁見も取り次がぬよう命じると、曹髦は長椅子へ突っ伏した。
 いまだに信じられなかった。
 あの、いついかなるときも冷静で、腹の底を決して見せない男が。
 同じ男に、文字通り身を任せ、あのような痴態をさらすことができようとは。
 
 もっと信じられないのは。
 忌むべき光景にも関わらず、目を逸らせなかったこと。
 そして――淫蕩な司馬昭の表情を、美しいと思ってしまったことだった。





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