捧物
□5000hit記念B
1ページ/2ページ
貴方の瞳に聖約を誓う。
「…殿下」
ぼう、と寝台の上に座り込んだスコルピオス殿下に声をかける。
殿下が声を失ってから、早三日。執務には滞りは、ない。端から見れば、なんの変わりもない日々。
しかし、そばにいる私だけは分かる。彼は、ぼう、とする時間が長くなった。前から、突然糸が切れたように動かなくなることは、あった。だがそれは短い間だけで、私が声をかければ振り返った。
「殿下」
もう一度声をかける。彼はまだ、ぼう、としている。ゆっくり瞬きをする。赤い髪がさらりと揺れた。
「殿下」
今度はもっと近くで。顔を覗き込むようにして声をかけた。今気付いた、というようにはっとして見開かれる瞳。赤い赤い、瞳。
「…大丈夫ですか?」
こくん、と頷かれる。無表情。
前から表情の乏しい人だったが、声をなくしてからさらに乏しくなった。言葉がなくても通じ合えるなど所詮詭弁でしかなく、完全な無表情でいられると全く分からない。
「殿下」
頬に手を添える。するりと目元を撫でた。無表情に変わりはない。
「どうか、絶望だけはなさいますな」
「例えこの世界が貴方の敵でも」
「私は貴方の味方です」
ぐう、と見開かれる目。深い赤色に、ひどく深刻そうな顔をした私が映っていた。
「私は貴方の傍にいます」
「私が、貴方の声になりましょう」
彼は動かない。それでも、見開かれた瞳の中に光を見た気がした。
貴方のためならどんな壮大な聖約でも躊躇なく誓おう。それで貴方が救われるならやすいこと。
どうか、笑って。
END.
→後書