捧物

□微睡み理論。
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柔らかい寝台、ぼやけた意識。微睡みのなかに届く声。
ああ、声だ。声がする。


「…レオン」


優しい声だ。昔から私はこの声が好きなのだ。柔らかく緩んだ優しい声。他人に聞かせる鋭い声とは別の、私だけが聞ける声。ああ至福。ふう、と息をはき出した。


「…も、少し…」

「…レオンティウス」


肩を揺すられるが、それしきで私の意識は覚醒などしないのだ。傍らの熱を抱き締めて二度寝の体制にはいる。


「いい加減起きんか。邪魔だ」


自分の頭より上から落ちてきた声は、幾分か不機嫌だった。ぐいぐいと私の髪を引っ張る力も心なしか強い気がする。いや、違う。これは不機嫌を装っているだけで、本当はただの照れ隠しなのだ。
そうか、叔父上ってば私が腰に腕を回して抱き締めているのが恥ずかしいのか。ああなんて可愛らしいのだ!


「…ぅぐ、叔父上、もっと優しく…」

「…ほほう。貴様、すでにその歳で人生に飽いたと見える」


すう、と声の温度が下がる。少し痛いくらいの力で引っ張られていた髪がはらりと離され、代わりに腹部に重い衝撃。


「ぐふぅ…っ!?」

「…チッ。まだ離さぬか…」


すみません、叔父上。今の舌打ちは私の聞き間違いですよね?とりあえずいまだ半分ほど微睡んだ頭を叱咤して顔を上げようと努力する。僅か見つめあった瞳は焔色であるにも関わらず、ごく低温の光を湛えていた。
ああ叔父上、そんな瞳も魅力的。


「ぁぐあ…っ!」


またしても腹に衝撃。先程よりも強い。私の腕は叔父上の腰を離れ、むしろ私自身が叔父上から離れ……背中から床に落ちて強かに背骨を打ち付けた。ごつん、という鈍い音と共に背筋から足先、脳天まで、重い衝撃が走った。陸にうち上げられた魚のようにびくんと体が反った。


「ぐああぁぁぁぁ…っ」

「…ふん、無様な」

「あぐっ」


蔑みの視線と共に降りてきたのは叔父上の足。真っ白ですべすべしている、素足。それがゆっくり降りてきて、私の喉仏をぐいと踏んだ。細い指が喉を撫でる感触。
あ、幸せ、と一瞬思ったものの、流石に呼吸ができない状況に危機感をおぼえる。


「…ぉ゛じ、う゛え゛…!」


これが死の淵かと思いながら必死で叔父上を呼んだ。私の頭が、叔父上の足を掴んで退ければいいのではないだろうか、という結論に達そうとしたところで、叔父上の足は名残も何もなく、あっさりと離れていった。


「次から貴様の寝所は床だ。二度と私の寝台に入るな」


冷徹な声が落とされ、白く美しい叔父上の足は、するりと寝台に戻った。下から見上げる視界に白くて細い爪先と、淡い桃色で形の整った爪が見える。
人間、自分の欲望には忠実であったほうがいいと思うのだが、どうだろう。誰にともなくそんな疑問を投げ掛けて、私はその美しい爪先に指を伸ばした。爪先は、指が触れた瞬間ぴくりと震えて寝台の上に消えた。
それとほぼ同時に、凍えるかと思うほどに冷えきった声がおとされる。


「…レオンティウス、貴様本当に死にたいようだが…自殺は出来ぬというなら手伝うというのも吝かではないがどうなのだ」


これは、照れ隠しなのか本気なのか微妙なところだと思う。ふむ、と考え込み、結局分からないなら聞けばいいのだ、と思って聞いてみた。


「叔父上、それは照れ隠しなのですか?」

「…すまん、レオンティウス。貴様がそこまで阿呆だったとは知らなかった。普通の人間として接していたことを詫びよう。そして死んでくれ」


今度は心底呆れた、という声。今日は朝からいろいろな声を聞くなあ嬉しいなあ等と考えていたが、よくよく先程言われた言葉を考えてみると、ものすごく酷いことを言われているのかも知れない、と思い至り、寝台の下から抗議の声をあげてみる。


「叔父上、その言い様は少しばかり酷いと思うのですが…」

「どこがだ」


一言。たった一言で私の抗議は切って捨てられた。なんてことだ。
ぐっさりと言葉の刃が突き刺さり、傷ついたことを精一杯体全体で表現しつつ、床から起き上がり、叔父上の寝台に戻ろうと腕を伸ばした。


「貴様の寝所は床だと言ったはずだが?」

「叔父上…」

「…ふん、そんなに寝台で寝たいのなら半分から此方には近づくな」

「ぁう」


足で胸を押され、寝台のすみに追いやられる。


「おじうえー」

「……………」

「おじうえー」

「……………」

「…あれ?」


うるさい!という怒鳴り声と共に襲いくると思われた攻撃とそれに伴う傷みはいつまでたっても訪れず、はて、と叔父上の顔を覗き込むと、ただでさえ幼めの顔をさらに幼くして健やかにおねむりあそばしていた。規則正しい寝息も聞こえる。
これは、絶好の機会なのではないだろうか!
心の中で気合いを入れ、期待と興奮で震える腕(こう書くとまるで変態みたいだが事実そうなのだから仕方がない)のばした。
肩に指先が触れる。どくんどくんとうるさい心臓を静めながら、叔父上を自分の腕の中に閉じ込めた。
腕から伝わる薄い肩の感触、少し固い背中。首筋からは、淡く儚く香油の匂いがただよう。


「……ん」

「っ!!!?!?」


暖を求めてか、意識のない状態で無防備にすりよられ、心臓がさらに早鐘をうつ。
この音で起きてしまいませんように!ととりあえず知っている神全てに祈った。


この後、起きた叔父上にもう一度、さっきよりも強い力で寝台から蹴落とされたのはまた別の話。










END.

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