捧物

□初めてお前が怖いと思った。
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ぱきり。


何かが折れたような音が聞こえた気がした。咄嗟に音の発信源を探そうと頭を傾ける。


からん。


「あ」


硬質な音を響かせて髪留めが落ちた。慌ててそれを拾おうと屈んだ背中に、編まれていた髪がほどけて流れた。


「あー…」


拾い上げた髪留めを見て、酷く憂鬱な気分になる。留め金のところが、ぽっきりときれいに折れていた。さっきの音はこれか、と納得。はあぁと大きなため息をつく。
これでは使い物にならないではないか。代えの髪留めを使おうにも、そもそも代えの髪留めなんてものを持っていないのだ。再度、顔に落ちかかってきた長い髪をかきあげてため息。
ええい、鬱陶しい。


「今日一日これで過ごせというのか…」



+++++



こんこん。


「入れ」

「失礼します、叔父う、」


扉の外からの声に返事をし、扉の方へ顔を向けた。何時もながら、爽やか(と言えば聞こえはいいがどちらかというと能天気)な笑顔を浮かべたレオンティウス。しかし、目があった途端、レオンティウスの笑顔が硬直した。むしろ全体的に固まった。そしてそのまま、ばたんと音をたてて扉を閉めた。


「…?」


意味不明だ。一人椅子に腰かけたまま首を捻っていると、扉の向こうから変にひきつった声がした。


「お、叔父上!!」

「…なんだ」

「そ、そそそそその髪型はははははは」

「…これか?」


眉根を寄せて自分の髪をつまむことしばし。ああ、と合点がいった。


「髪留めが壊れた」


とりあえず麻紐で簡単にくくっているのだが、如何せん麻紐だ。最初はきっちりしていたのだが、今はもうずり落ちてしまってはた目には髪をほどいているように見える。多分それで驚いたのだろう。…どこに驚く要素があるのかは甚だ不明だが。
扉の向こうのレオンティウスが、こちらにも分かるような大きさで深呼吸をするのが聞こえた。


すー、はー、すー、はー。

ひっひっふー、ひっひっふー。


「…何か産むつもりなのか…?」

「叔父上!」

「…なんだ」

「入ってもよろしいでしょうか!?」

「……………」


別に構わないが改めて聞かれると断りたくなる。
だがしかし私はやつに渡す書類があるし、やつには私に渡す書類があるのだろう。なぜだかそわそわした空気が流れ出した扉の向こうに向かって言う。


「入れ」

「失礼します…っ」


ばたんっ!

だだだだだ!

がしっ!


「っ!?」

「ああ、叔父上…!麗しい…!!」


私の許可と共に開け放たれた扉、物凄い勢いで飛びかかってきた甥っ子。やつは、レオンティウスは、あろうことか机上の書類を床に撒き散らし惨憺たる有り様にし、そのまま私の髪を握りしめ頬擦りした。
気持ち悪い。他の言葉が出てこないくらい気持ち悪い。


「っレオンティウス!!離せ!!気色悪い!!書類拾え!!」

「叔父上、そのように照れなくて良いのです。髪をおろした叔父上は事実美しいのですから!もちろん叔父上はどんな格好であったとしてもお美しいですけれども!!」


しかも人の話を聞かない。最悪だ。寒気がする。腕を擦ったら鳥肌がたっていた。


「やめろ離せ人の話を聞け気持ち悪い!!」

「いくらでも罵ってください!!」

「この変態!!!!」


むしろ誉め言葉です、と爽やかに笑むレオンティウス。いまだ私の髪はやつに握りしめられたまますりすりと頬擦りされている。ぞくりと背中が粟立った。怖い。


「いい加減に…しろ!!」


ごん!


「ぐはっ!」


手元にあった書物で思い切りレオンティウスの頭を殴り付けた。しかしまだ離さない。続けて殴る。殴る。殴る。


がんがんがんがん!


「いた、や、叔父上、やめて、すみませ、」


がんがんがんがん!


「あたたたたたた!!」


がんがんがんがん!


自分でもよくわからないが、惨状である。とにもかくにも、私の腕は容赦なく書物をふりおろし、レオンティウスは必死で(しかしどことなく嬉しそうに)逃げた。
やっとレオンティウスを部屋から追い出したとき、不覚にも私の目には涙が滲んでいた。


「二度と、来るな!!」


何でもいいから髪留めを調達してこよう。そして今度は絶対に予備の髪留めも用意しよう。誰のためでもない、自分のために。



そう決意したある日の午後。










END.

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