『EVER AFTER〜清浄の泉〜』(全30話完結済)

□『EVER AFTER〜清浄の泉〜』
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第一話 <<バッシュ>>



「まさかあんたが素っ裸の女を連れて来るなんて、思いもよらなかったな。」
「ふふっ、…同感だ。」

大空を我物顔にして滑りゆく、飛空艇シュトラール。
そしてその操縦桿を握り締めながら、皮肉とも言えない冗談を私に提供するのは、

───空賊バルフレア。


「やるねぇ、将軍様も女の前では所詮一人の男ってことか。」
「気絶した女性に手を出すほど、私は野蛮ではないさ。」
「はっ、…どーだか。」

後部座席に座る私からは、彼の右腕が手を振るように出されたのしか見えない。
普通のヒュムと何ら変哲もない、そんな彼の腕を見ていたら
つい数時間前の光景を思い出していた。





『アルケイディア帝国 第九局局長 ジャッジマスター ノア・ガブラス』

この名で呼ばれるようになってから早一年。
瀕死の弟、ノア・ガブラスの代わりに、姿形誰もが判別出来ない双子の兄である私が
彼が職務に戻れる状態になるまで、その名を務める事となった。
ダルマスカ王国王位継承者アーシェ・バルナガン・ダルマスカ陛下を後ろ盾にした
大戦からの復興作業は毎日が激務であったが、戦の無い、
平和な世の中になって欲しいと願う純真な心があったからであり、
アーシェ陛下を初めラーサー皇帝陛下、そして私の弟、この世界で生きる全ての民の
望みでもあったからこそ、遣り遂げられたのだと思う。

しかし、諸国が手を取り合い、友好と平和の雰囲気が広がる中で
私一人が取り残されているような気がする。
アーシェ陛下は私が居らずとも家臣と共に愛する国を守り、日々お強くなられ、
一年間アルケイディア帝国の建て直しに日夜、不眠不休で帝国皇帝陛下の実務を
こなされていたラーサー様は、明日から元通り、幼少からそのお心を預けた
弟ノア・ガブラスと共に更なるイヴァリース全土の平和と国民の幸の為
懸命にお力を発揮なされるであろう。

───そして、私は………。

静かな夜空は私の問いに何の返答も返さない。


最後の勤務を終え、いつものように自分の屋敷まではエアカーで帰って来る。
屋敷前に到着した時、ふと見上げた漆黒の闇にひとつ、妖しく光る赤い星が
まるで直ぐ傍で輝いているような気がしたのはきっと、今思い起こせば
偶然ではなかったのだ。
輝きが一つでなく、二つあったことを見逃していなければ。

いくつもの戦を潜り抜けてくると殺気にはとても敏感になる。
ほんの少しでも異様な空気を敏感に察知するべく身体は
毎日の激務と今日が最後だと言う開放感、そして何より戦から離れてしまったことによる
勘の鈍りで、その何らかの気配を確認出来ずにいたのだ。
静かな闇夜に赤い星は遥か彼方で瞬いている。

迎え出てくれた執事はこの屋敷の中で唯一、双子の兄である私が
弟の代わりとしてジャッジマスターを務めていると知っている人物。

「本当に御苦労様でございました。旦那様はお二階でお待ちです。」

労いの言葉と深々と頭を垂れるその礼に対して、兜を外し感謝の気持ちを伝えたかった。
しかし、弟と交わした約束は最後まで守り通したい。
自室に戻って兜を脱ぐまで、私は
『ジャッジマスター ノア・ガブラス』を務め通す。


自室ではない、その名の持ち主である『自室』へ足を踏み入れると
黄金の髪に碧霄(へきしょう)の瞳の男が私に歩み寄り、
同じ瞳の視線が露わになるのを待ち続けている。


───お前は幼い頃から、そんな風にして俺を見ていたな……、ノア。


「後は頼む。俺はお前のようにはこの一年間、出来なかったかもしれないが
俺は俺なりに最善を尽くしたつもりだ。」

外した兜を受け取る右手は一年前のものよりも若干、太くなったようだ。
それに比べ左手は生命の温かみを失った、義手であった。
彼の最後の戦、ヴェイン・カルダス・ソリドールとの戦いで彼は左腕を失い
兄である私と同じ左顔面に、大きな傷を勲章として持ち帰ったのである。

「ああ、分かった。それよりも兄さん、…俺は、」

その言葉の続きを待ち望んでいた瞬間だった。

殺気の塊が背後から空気を切り裂き、彗星の如く近付いて来たのを察知する。
直ぐに後ろを振り向けば、屋敷到着時に見えていた赤い星が二点に分かれ
恐怖よりも炎のような揺らめきと鋭い明りが大きくなる。
私は成すべき事を手放し、その光に心奪われ、呆然としていた。

「伏せろっ!バッシュっ!!」

弟の声で我に返ったのと同時に窓ガラスが粉砕する。
耳を大仰な破壊音で覆われてしまっていても、次に取るべく行動は
脳よりも体が一番良く知っていた。

「むんっ!!」

右手のハイウェイターは間者の一撃を間一髪で受け止める。
全身黒い筋肉の鎧で覆われた野獣?それとも獣人か!?
窓ガラスを破って来たと言うのに直ぐ戦闘態勢に望めるとは
余程強靭で身のこなしが素早くないと出来はしまい。

そしてこの一太刀。

「うぬぬっ!」

尋常ならざる重さ。

「ジャッジ!!仇として貴様の命、───頂戴するっ!」

受け止めていた重い太刀は腕と一体化している弓なりの刃。
黒い人型に二点だけ紅い輝石が浮かび上がり、私だけを睨みつけている。
紅い、炎であっても哀しい嘆きの色。

交えた太刀がお互いの力で引き離れてしまうと、間者はよろめきもせずその場から高く跳躍し
手首から肘まで備わっている刃を前方に突き出しながら、私目掛けて落ちて来る。

「兄さんっ!!」

弟の一声のみで、その攻撃を受け止めようとしていた態勢を直ぐ様変え
飛び込むような形で左後方に身を投げる。
その時見えたのは、弟が何かを左手で投げた姿だった。

「んっ!」

引き籠るような声を発して、床に崩れ落ちた黒いシルエット。
空を掴むように手を伸ばしてから、糸の切れた操り人形の如く
バッタリと倒れ、ひと震えして動かなくなった。

「殺ったのか?」
「いや、暫く眠ってもらっているだけだ。」

弟が咄嗟に投げつけたのは私が予想していた物ではなく、最新の化学兵器であった。
魔法抵抗力が高い者には魔法が効かない。
魔法を跳ね返すバリアを張っている場合は武器攻撃にするか、こちらもバリアを張って
魔法を跳ね返しながら攻撃するのだが、魔法自体の効果を受けない抵抗力の高い者は
法力も強く、プロテスなどの衝撃を吸収する魔法まで掛けてあり攻撃のしようがない。
そういった者を攻略する為に作られたそれは、魔法抵抗力に左右されない、
人体だけに弛緩作用を及ぼす麻酔剤のようなものであるが
まだ試験段階で、使用された者は昏睡状態に陥ってしまう。

戦場でなければ侵入者や間者は生け取りが鉄則。
入って来た瞬間にスリプルやブラインを掛けた弟は、効果が無いのが分かると
直ぐに豆粒大になった最新化学兵器を投げつけた、と言う事だった。

「兄さん、これは…、」

うつ伏せに横たわっていた全身黒づくめの人型は、筋張った筋肉が緩やかな曲線を描き
黒光りする肌が私達と同じヒュムの肌へと徐々に変化している。
腕から突出していた刃も何もなかったかのように、長くて細いしなやかな腕になる。
信じられない光景を数秒、…いや、数分?二人で見守っていた後に残ったものは

────『ヒュムの女性』……であった。
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