※若い二人の清らかな友情に感銘を受けた仙人が「仲間になりたい」って言って来たのをさっくり「NO!」と言ってしまった為、おじいちゃんは孫策を困らせようととある呪いをかけました、という話。



○同時両所存在の責任の所在について


「若の生霊」が館に出没するという噂が流れだしてから二週間が過ぎた。初めの目撃者は女中の一人。つい今しがた寝室へと消えていったのを見届けた直後、振り返った廊下の先に同じ服装の自分を見かけてぞっとしたらしい。
 次の目撃者は馬飼いの、まだ子供と言っていいぐらいの少年だった。同じように狩りに出た主の姿を見届けた後、館の中を歩いている姿を見かけ、不審に思い声をかけた。「狩りに出たのでは?」との問いに孫策は不思議そうな顔をした。
「何のことだ?」
「今日は、遠乗りに行かれると。なので、馬の手入れを」
「は?」
 孫策が不思議そうな顔をするので、少年は不安になった。
「昨日から体が重くて、とてもそんな気になれない。だから狩りも遠乗りも暫くはやめようと思った。戦に出たりしたら無理しなくちゃいけなくなる。今日は休むつもりだったけど」
 言われてみれば、遠乗りに行くには軽装だった。では、自分が言葉を交わしたのは、一体誰だったのだろう。少年は慌てて外に出た。馬がいた。自分が手綱を引いて手渡した馬が、尾を揺らしながら不思議そうな顔をしていた。その背に乗せていた主の姿はなかった。少年はすっかり肝を冷やしていて、あ、だの、う、だの言葉にならない声を上げていた。そのため「なあ、なんで、俺の馬がここにいるんだ?」という、本人にしては至極真っ当な質問にも、少年は答えられずただ、震えていた。ただ一言「若が」とだけ口にしたきり、すっかり口を閉ざしてしまった。
 以上が生霊事件の大まかなあらすじである。

 この時代、この手の話題は尾ひれをつけてどんどん広まる。女中と少年に暇を出したが、果たして噂話を広めてしまわないか、正直不安であった。大体。
「なんでだ」
 当の本人がさっぱりわかっていないのだから、どうしようもない。
「さあ」
「俺は気の抜けた相槌じゃなくて答えを求めてるんだけど」
「若がご自分でお分かりにならないことを私がわかると思いますか?」
「なんだよ、普段は人のことバカ扱いしてるくせに」
「そんな無礼なことしていませんよ。ちょっと頭が足りなくて、すぐかっとなるくせに、おいしいもの食べて一晩経てばけろっと忘れてしまうなんてかわいいなあと思っているぐらいです」
「バカにしてるじゃねーか」
 子衡きらい。ぶすっとした顔でつぶやくと、目の前の男はちょっと笑った。
「冗談はさておき、全く身に覚えがないのですよね」
「当たり前だろ。てか自分で意識的にやれたら超便利じゃん。影武者出し放題だぜ。危険な外交の交渉のときとか絶対使える」
「ごもっともですね。では逆に、何かされたのではなく、何かをした、という記憶はございませんか?」
「えっと…」
 俺は体調不良の前のことを思い出した。そういえば。
「『天下を獲りたければワシと契約するのじゃ!ワシを新たな断金の一員にするのじゃ!』ってここ数日ずっと営業してきた爺さんに、いい加減俺と公瑾に付きまとうなって言った」
「おお、仙人相手に。さすが普段から勇猛と無謀を穿き違えていると評判なだけあります」
「お前それ絶対バカにしてるだろ」
 だってやだったし。そもそも会話が通じない。二言目には「若いっていいのう。美少年っていいのう。ワシだって昔は…」って言い出すし。そういうの、疲れるし、キモい。
「若、基本的に公瑾絡むと結構頑なですよね」
「そんなことねーし!」
「幼稚な独占欲ですね。私もそれくらい愛されたいものです。でも、何時までも子供染みたままじゃ駄目です。いずれ君主になるなら、大人にならなければなりませんよ」
「違うし!気持ち悪いこと言うなよ!」
 何それ、鳥肌立っちゃったし。
「まあ冗談はさておき。私はあまり信仰心が篤い方ではありませんが、その仙人が原因の可能性はあると思いますよ。若の生霊事件と体調不良が起きたのと時期も一致しています。実際に分身を生み出しているかどうかはさておき、何らかの心理的な働きかけが原因で若自身が自分を追い込んでいる可能性もありますし」
 急に真面目な顔するから、俺はちょっとびっくりした。びっくりしたままでいると頭を軽く撫でられ「調べておきますので、若は休んでいてください」と、臣下は言って立ち上がった。

「お主は中々良い人材をお持ちじゃのう」
 触れられたくすぐったさに撫でられた髪を軽く治していると。
「まだ何か用かよ」
 俺しかいないはずの空間にしゃがれた声が響いた。振り返るまでもない。あの爺さんだ。
「ふふ、強がっておるが、あの分身が気になるのじゃろ」
 無言で背後に現れた声の主を睨みつける。悔しいが、その通りだった。
「なんだよ、アレ」
「察しの通り、分身じゃよ。それもただの分身じゃない。元はお主じゃが、お主とは独立して思考も会話も出来る。修業を積めば自由自在に動かすことも可能じゃが、今のお主じゃ分身を存在させるために力を吸われてしまっている状況じゃな」
 ふざけやがって。シーツを掴み、一層眼光を鋭くすると、爺さんはふうと軽く息を吐いた。
「まあ、子供相手にワシも大人げないと思ってな。簡単じゃよ。ハグしてキスすればあいつは消える」
「うっへえ…」
 なにそれ。自分とするところを想像してげんなりした。悪いが俺はそういう趣味はない。
「そうと決まればさっさととっ捕まえてやる。今、アイツどこにいる訳?」
「お主の親友の所じゃよ」
 爺さんが不敵に笑いながら手を振ると、目の前の壁に鮮やかな映像が浮かび上がった。目を丸くしているともっと目を丸くするようなことが起きた。
「公瑾、お前が欲しい!」
 ぶっふううう!!
 俺は盛大に吹いた。
 何言ってんの?何言っちゃってんの??
 あろうことか分身の俺が親友に告白する場面が展開されていたのでした。おい!
「伯符…」
 周瑜は目を丸くして、俺の名前呟いただけで何も言えずにいる。そりゃびっくりするだろうよ。そんなこと言われたらびっくりするよ。言った俺だってびっくりだよ。
「公瑾、ごめん。気持ち悪いよな」
 うん、そうだよな。気持ち悪いよ。俺だってそう思うよ。
「違う!」
 珍しく声を荒げる姿に今度は俺(分身)がびっくりしていた。
「違う、その…」
「無理すんなよ」
 うん、本当そう思う。俺だっていきなりそんなこと言われたら困るしちょっと今後どうすればいいかとか考える。俯いて顔をそむけた親友の気持ちはよおーく分かる、つもりだった。
「その、嬉しくて」
 そっちかよ!!
 と突っ込みいれてる間に俺の分身は公瑾にぎゅっとされて接吻されてました。ぎゃあ!
 怒涛の展開に唖然としていると、親友は何故か寝台に俺の分身を押し倒してます。いや、それはダメだろ!世の中的にも天下の小覇王が流されるままなんてダメだろう!
「ま、待てよ!」
 さすがの分身もこれには驚いたみたいだった。
「どうして?私は自分の全てを君に捧げるつもりなんだ。君を抱いたって構わないだろう?」
 ほぎゃあああ!!き、聞きたくなかった。そんな真摯な顔して俺を口説くお前なんて見たくなかった。
「…分かった」
 ぎゃあああ!!
 何言ってんの?何言っちゃってんの??(二回目)
「その代り、お前の人生は俺がもらったんだからな」
 やめてくださいしんでしまいます。
 赤面しながら上目使いをする自分を見て、消えてしまいたくなってきた。そしてその願いは届いた。俺の分身に。こともあろうに、今まさに押し倒そうとした瞬間、分身ははっと立ち上がると部屋を抜け出し、廊下に出た瞬間消えてしまったのだ。
 消えるんだ。そこでお前消えちゃうんだ。へーほ−ふーん。
 って!それって俺がピンチってことじゃんか!
「以上じゃ。見とるこっちが恥ずかしいぐらいじゃのラブラブっぷりじゃのう…ふごっ!」
「…以上、じゃねえよ」
「ふおおお!指が、こめかみに、じっくりと、めりこ、むっ…!」
「満足か?てめえ、これで満足したのか!?」
「まあ、ワシの目的はおぬしらの清らかな友情の崩壊じゃしのう」
「意味合い絶対違うだろう!これ進展しちゃってるじゃん!いいのかよ!」
「結果は一緒じゃし」
「じゃあ聞くけど、お前混ざりたいか?この行き過ぎた関係に本当に混ざりたいのか?」
 仙人はうーんと顎に手を当てて目を閉じた。
「お断りじゃな」
「俺も同じ気持ちだっつの!」
「まあほら、何ごとも経験じゃ!男は度胸!なんでも試してみるものじゃ!」
「てめえ…他人事だと思って…」
「他人事じゃもん」
「微妙にネタ古いし」
 いつまでも続く中身のないコントのような会話を凍結させたのは「公瑾様いらしてますよ」という女中の「いつも仲良しですねえ」いう意味合いの籠った一言だった。俺は固まり、爺さんはにたりと笑みを浮かべる。それは刑を宣告されたみたいなもんだった。
「ほほほ。では邪魔者は消えるとするかのう。ふおっ!」
「待て、待てよっ!俺の分身は?そいつが蒔いた種だろ!そいつがやられればいいじゃん!」
「ああそれなら」
「だろ!俺は傷つかない、そいつの目的も果たせる。ほら、名案だろっ!」
「消えたよ」
「なんで!?かわいらしく首傾けて言わないで!」
「ワシ言ったじゃろ?キスしてハグすれば治るって」
「うそおおおお!!あれカウントされるのかよおお!?」
「…伯符?」
「ひうっ!」
「誰かいるのか?」
「い、いねえよ」
「そう、一人なんだね」
 なんか、含みが、ある。
「おいジジイ。これ、俺のせいなのかよ?俺、何も望んでねーぞ」
「あの分身は元々お主じゃが、お主であってお主でない。お主以上に自由な存在じゃ。だからかのう。お主が無意識に抑制しておる欲望も素直に口にすることが出来るって訳じゃ」
「うっそ!俺無意識にアイツと一線超えたいとか思ってたワケ?」
「まあ実体がないから対象者の意識に引っ張られたかもしれんがな。ま、幸せにな!夜だけ主従逆転もそれはそれでワシはアリだと思うぞっ!」
 親指を人差し指と中指の間に差し込んだ右手を突出し、仙人はウインクして窓から消えていった。意味、わかんねーし!
「さっきのことなんだけど」
 はっ!
 一難去らずにまた一難。いつの間に部屋に入ったのか。鍵かかってたはずなのに。窓枠に手をかけ今まさに飛び出しそうとしていた自分を見ても、心の友はさして動じた様子もなかった。その冷静さが怖い。むしろ気づいてないとか?それはそれでまずい。
「違う、あれは」
 以前邪険にしたクソジジイ(仙人)の呪いで現れた俺の分身が勝手に言い出したことであって、俺が言い出したわけじゃない。俺はあくまでもお前とは清らかな友人で居たいし、健全な関係を今後とも続けていきたいと思ってる。仲良しでもライバル。切磋琢磨しながら二人で孫呉の天下を獲りに行く。それが俺の望みだしお前の望みだと思ってる。もし万が一お前が興味本位で道を踏み外してみたいのであればそれは申し訳ないが是非一人で突き抜けていってほしい。俺は偏見なんてしない。お前の趣向がどうであれ親友であることに変わりない。だから。
「ごめん」
 この一言で俺は心からほっとした。だよな、いくらなんでも男同士だし俺たち。
「気持ちを尊重したかったけど、やっぱり我慢できない」
 そっちの意味かよ!?えっ、ちょっと待って!ざわっと鳥肌が背筋を通り抜けて行った。
「いいんだよね?あの時はびっくりさせちゃったけど。大丈夫、うまくやる。百九回頭の中でシュミレーションしてきたから」
 まっすぐ、切羽詰まった眼をしながら、なんか恐ろしいことを言われた。煩悩プラス一。結構すごいな、お前。そんなこと考えながらじりじり後ずさる。後ろは壁、前には獣みたいな目をした親友。今のところは。
「は、ははっ」

 あれ、ひょっとしなくても、俺今大ピンチ?

だって、あれは俺であって、俺じゃ…!うわあああん!!

 こうして澄んだ川のように美しく清らかな俺達の友情は音を立てて崩れ去ってしまったのでした。満足か!こんな結末で本当に満足なのか!ジジイ!!
後、暫くの間鏡を見ると憂鬱な気持ちになったってことも付け足しとく。うう…。

おしまい! 
***
20110508
バイロケーション怖すぎて…(ぶるぶる)仙人様すみません。ホントすみません。
尻切れトンボもいいところだぜ。


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