DEATH NOTE

□the day of rest
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空気が変わった感じで目が覚めた。
 薄明かりの中僅かに開いた目に馴染みの無い無機質な天井がぼんやり写って、一瞬ここはどこだろうと思ったが、左腕に固まったような痛みを覚えて、ゆっくり目を開いていくのと同じ速さで自分の置かれている状況を思い出していた。左手首に嵌められた手錠が実際以上の重さで僕の腕を縛り付けていた。
 鎖に沿って手錠の反対側へ視線を滑らすと、僕がベッドに入った時と同じように椅子の上であの独特の座り方をしている竜崎が目に入った。今何時だろう。
 就寝前、少し言い合いをした。
 手錠で繋がれた生活が始まって数日が経っていたが、竜崎が寝たところを僕は一度も見ていない。
 手錠生活の初日、もう寝ようと言った僕を竜崎が案内した部屋にはベッドが一つしかなかった。キングサイズではあったが寝る時も一緒なのはしょうがないとしてもベッドまで同じしなくてもと異議を唱えようとした僕の前を竜崎は、あのひどい猫背で、裸足のままぺたぺたと音を立てて歩き過ぎ、ベッドサイドの椅子の上にいつもの座り方で収まった。サイドテーブルの上に置かれたパソコンは起動していて、竜崎はそれに視線を落としてベッドも僕も既に彼の意識外にあるようだった。僕はなんとなくそれが癪に障って、わざと大きな動作でベッドに倒れこんだ。左腕の手錠がじゃらんと大きな音を立てて揺れたが、それすらも竜崎は気に留めていないようだった。僕はまたわざとうつ伏せになって、左手を竜崎と反対側にした。鎖が、竜崎の腕を軽く引っ張る感触が伝わった。
「ライトくん」
 竜崎がぎょろっとした大きな目を僕に向けた。
「申し訳ないですが、もう少しこちら側で寝てくれませんか」
 少しも申し訳なくなさそうにそう言われた。僕の手錠が左腕にあるのだから、僕がベッドの右端で寝るべきだろう。竜崎が左端。それなのに、もっと左に寄れと言われた。まだ寝ないのかと聞いた。時刻は午前1時をまわっていた。通常の僕の就床時間を過ぎていた。
「私のことはお構いなく」
 そう言うと竜崎はまたパソコンに目を遣り、もう僕の方を見ようとはしなかった。僕ももう喋るのはやめた。鎖に余裕ができるように、仰向けに戻りながらベッドの左端に体を移動させて、目を瞑った。
「…電気を消しますか?」
 寝られなかった。体にしっくりこないシーツも、左手首のいつまで経っても冷たく硬い感触も、キーボードのかたかたという音も、サイドテーブルに置かれたスイーツの放つ甘ったるい匂いも、目を閉じても感じる竜崎の気配も、この部屋にあるもの全てが僕を寝かせなかった。だから僕は、いやいいとだけ答えて寝たふりをした。暗い部屋でモニターを見るつもりか、目が悪くなるぞと思っていた。だけど言わなかった。
 それでもいつのまにか眠りについた僕が翌朝目にしたのは、昨晩寝る直前に見たのと同じ格好をしている竜崎だった。一晩中そうしていたのかと聞いたら振り返って、
「おはようございます」
といつもと変わらない調子で挨拶で返された。
 翌日も同じことだった。僕はもう聞かなかった。竜崎ももう電気を消しますかと聞かなかった。前日のように椅子にちょこんと乗っかってモニターに向かっていた。
 それが数日続いた昨日、いつものように椅子に乗ろうとする竜崎に僕はとうとう言った。人の生活サイクルに口を出すのはどうかということはわかっている、だがおまえは僕じゃない他の誰から見ても寝たほうが良いというようなことを言った。
「心配してくれてるんですか?ありがとうございます」
と竜崎はまた全くありがたそうもなくそう言って飄々と椅子に足を上げようとしたので僕は一瞬考えて左手から繋がる鎖を掴んでぐいと引っ張った。ちょうど片足を上げていた竜崎はバランスを崩して派手にひっくり返ったが、僕は悪いことをしたとは思わなかった。連日睡眠が十分でなかったことで、少し苛苛していたかもしれない。
「痛いですよ」
 だけどこの時体を起こして真顔で言う竜崎に僕は更に苛立った。そんなにキラを捕まえたいなら僕が捕まえてやる、だからおまえは寝ろと怒鳴った。そんな青白い顔して、いつも濃い隈つくって、自分が体を壊したら意味無いだろと。
 竜崎は俯いた。ちゃんと聞いていたのか、理解したのか確かめようとしたところを、ふいに衝撃が襲った。蹴り飛ばされていた。
 ベッドに倒れ込んだ僕に竜崎は、鎖に引っ張られてよろめきながら
「一回は一回です」
と言い放った。更に。
「私が寝たら、ライトくんがキラだと白状してくれるんですか?」
 唇に親指を当ててにやりと笑った竜崎に、僕の苛苛とした憤りが頂点に達した。椅子に戻ろうとしたのか背を向けかけた竜崎を、鎖を握り締めて先程より強く乱暴に引いた。竜崎は軽く、それがより僕を憤然とさせた。足をぶつけてベッドに転がった竜崎の上に滅茶苦茶に布団を被せて上から押し付けた。たぶん僕には睡眠時間が足りなかった。でもそれ以上に竜崎を眠らせたかった。眠らせたかった。
 頭から布団を被せて顔を押さえつけた。声を出せずに暴れる竜崎の右手の手錠がじゃらじゃらと煩いので右手で顔を抑えたまま左手で右手を掴んだ。必死だった。動物のようにもがいていた竜崎が大人しくなったのではっと我に返りやり過ぎたと手を緩めかけたところで、下から腹部を思いっきり蹴り上げられた。激痛に崩れた僕と対照的に竜崎は悠然と体を起こして、僕を暗い闇の目で見下ろした。
「また監禁しましょうか?今度は弥のように拘束具付きで」
 そしてベッドを降り、椅子へ向かった。もういいと思った。こいつのことなんか気にしない。出来得る限り、関わらない。そして背を向けた。
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