『ちとせー!
数学の教科書かしてー!』
今日一組に数学の教科書借りに行ったら、千歳が知らない女の子と話してた。
「…数学?」
千歳がその子との会話を中断してこっちに来る。
その子がこっち見てる。
『うん』
「…三限には返しなっせ」
そう言ってあたしにきれいなままの教科書を渡す。
千歳は家で勉強しない割に頭がいい。
一組、三限数学なんだ…
ありがと、とお礼を行って一組をあとにする。
…千歳はまたあの子のところに戻ったのかな?
そう思うと、胸のあたりがすごくモヤモヤした。
彼女…ではないはず。
千歳のやつ、あたしというものがありながら!
…いやべつに付き合ってるわけじゃないけど。
そして放課後。
『…あ』
昇降口で制服のままの千歳を見つけたあたしは彼に向かって走った。
『ちと……』
言いかけた言葉は徐々に小さくなり、まわりの音にかき消されて彼には届かなかった。
…千歳はあの子と話してた。
あたしは瞬時に昇降口の食い倒れ人形の影にかくれ、二人の様子をうかがった。
はたから見たら、むしろ食い倒れ人形が大好きな子みたいになってたと思う。
…かばんが重い。
あの子が笑う。
千歳もそれを見て時折ふっと笑う。
それはあたしと話してるときと何ら変わらない。
あたしの方が、きっとあの子より前から千歳を好きなのに。
時間なんて関係ないみたいに、あの子は千歳に近づく。
何の話してるの?
あたしには、あの中に入っていく勇気はない。
そのうちその子は千歳に手を振ってそこから居なくなった。
千歳もそれを見送って、こっちに向かってくる。
「…お前何ばしとっとね」
『……べつに』
あなたを見てたんですよ。
それを気にもとめずに、靴を履き替える。
『…今日は部活行かないの?』
「ん、今日はミユキが遊びに来るばってん」
ミユキちゃんは、千歳の妹さん。
たまに話を聞かせてくれて(無理やり聞いて)たから、それは知ってる。
…あの子よりは。
そう思うとちょっと嬉しくて、心の中でガッツポーズ。
千歳が歩き出すから、あたしもそれを追いかけて隣に並ぶ。
「…今日の数学はたいぎゃ難しか問題ばかりだったばってん、教科書にも載っとらんで廊下に立たされたとね」
『へー、そうなん………あっ』
はっとした。
あたし、数学の教科書千歳に返すの忘れてた。
『ごっごめん!
あたし忘れてて…
こっちまで取りに来てくれれば良かったのに』
「面倒たい」
あ、そうですか…
でもとりあえず、それはあたしが悪い…
「あんな問題、教科書があれば普通に解けたのに」
『………………』
そんなに言うなら取りに来ればよかったじゃん…
あたしが悪いけど、
それは矛盾してない?
なんとなくよくない空気。
それが耐えられなくて、あたしは無理やり話題を変えることを試みた。
『そっそういえばさ!
千歳さっき女の子と話してたよね!
よく話すの?』
…いきなり話題の選択ミス。
勢い余って自分が今一番気にしてることを聞いてしまった。
そんなこと聞いていい立場でもないのに…
あたし……うざ。
「…女の子?」
ちょっと考える素振りを見せる千歳。
良かった、そんなに気にしてないみたいだ…
『ほら、髪の長い可愛い子』
「…あー」
“可愛い”という単語に、自分で言ったにも関わらず落胆した。
しかも千歳もそれで納得するなんて…
「まあ、よく話すかって言われたらそうたいね。
最近話すようになったばってん」
『一組の子?』
「や、……六組て言ってた気がするばい」
六組からはるばる一組まで…
それはその子、明らか千歳狙いだね。
もうほぼ確定だよ…
「自分から話しかけてくるし、女子の中では結構話しやすいやつたい」
それなのに千歳はそれに全く気付いていない模様。
ていうか、女子の中では……って。
あたしは?
『…ふーん。そーなんだ』
「…何怒っとると?」
『別に!
もうその子と付き合っちゃえばいいのに』
「…お前さっきから何の話しとると?
別にあいつはそんなんじゃ…」
『だってさっきも楽しそうに話してたじゃん!
もう千歳なんか知らない!』
あたしはもう泣きそうになって走り出した。
あんにゃろ!
人の気も知らないで!
道は直線。
後ろには千歳がいるのに追ってこない。
ああもう…
本気で脈ないんだな、あたし。
『…………っぎゃう!』
ずざざざざっ!
重いかばんを持って走ったため、よろけてそのまま転倒。
後ろに千歳がいるから二倍恥ずかしい。
「…お前…」
あとから千歳が歩いてきて、あたしのすぐ隣で止まる。
かわいそうな子を見るような目で見られた。
さいあくだ…
「…立てると?」
しゃがまれても身長差がハンパないので目線は同じにならない。
膝からは赤い血がにじんでくる。
おまけに足をひねったみたいだ。
痛い…
表情がゆがむ。
『…立てない』
「じゃあどうすると?
家までまだ長いばってん」
あんなに怒鳴りつけたのに、優しく問いかける千歳はやっぱりモテるんだろうなと思った。
『…帰る』
「どうやって?
立てないんじゃなかと?」
…あたしがどうしてほしいかわかってるくせに。
なんでこういうときだけSなの。
『…おんぶして』
「ん?聞こえなか。
もっとでかい声で言わんと」
『…っ立てない!
だから家までおんぶして!』
千歳がふっと笑った。
そして、
「…仕方なかやつたいね」
背中を見せてあたしに言う。
「…さっさと乗りなっせ」
おんぶして
(そういう気持ちをなんて言うか知っとると?)
(え?)
(“嫉妬”たい)
(…………)
千歳くんはあなたの気持ちに気づいてた模様です
一カ所だけ標準語が混じってたのお気付きですか?
ThaNk Y0u F0R ReQueSt!
2009.11.14 Dear:とちいさま