04/05の日記

00:04
桜色の恋がしたい
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桜色に霞む世界に佇む君は、誰よりも何よりも、鬼だった




浮き世の全ての儚さに気付いて幾年。
大王閻魔、等という大仰な名が災いしたのか、世界は何時だって白黒で冷めていた。世界にある、どんな鮮やかな色も朽ちる手前の刹那の美しか持ち合わせていないように見えた。

それでも、あの瞬間から、あの出逢いから、世界には色が溢れていることを、枯れていくだけの朽ちる薄弱なモノじゃないことを、俺は知った。

桜色に霞む世界に佇む君は、誰よりも何よりも、鬼だった。





まわる
回る、廻る…

世界の反転


校庭を二つに裂く桜並木の中でも最も大きな桜の木の下で、鮮やかに、艶やかに、麗しく、瑞々しく咲く一輪の華。
琥珀がかった銀糸は陽光を受けて輝き、鞣し革のような褐色の肌が仄かに煌めき、水銀に翡翠を溶かしたような瞳に世界の全てが堕ちていく。

永遠に散ることを知らない華は、静寂に視線を傾け、桜を纏う。


足が止まる。
其れに、近付いてはいけないと思った。

死に絶えた月のように青白い肌は軽薄で、唇だけが獣の血のように紅を滴らせ、髪も瞳も心も偽りばかりを吐き出す漆黒の存在は、近付いてはいけないのだと思った。忍び寄る夜の闇が、夕暮れの優しさも憂いも何もかもを侵食し、汚していく様を思わせるから。

それでも
闇は泣きたくて、鳴きたくて、たまらなかった。

染め上げた夕の灯に怯えるように、泣いて喚いて、君に気付いて欲しかった。
いずれ来る朝の光に凍えるように、鳴いて呻いて、君に近付いて欲しかった。

泣くことしか知らない生まれたての幼児みたいに、

寡黙に詩うしか術のない脆弱な胎児みたいに、



君が欲しくてたまらなかった。





歓喜、悲哀、怒号、懐疑、

どれでもないのに、限りなく全ての思いのまま、翡翠と黒曜石が出逢う。










「     …鬼」


無意識に洩れた言葉に、君は些か不快を滲ませ、眉間に皺を寄せた。その仕草は本来初対面ならば回避すべきものなのにも関わらず、其れは人間なのだ、其れは生きているのだ、其れはコチラ側のモノなのだ、と諭されたようで、妙な親しみと安心感を与えてくれた。

「ごめんね、悪気はなかったんだ。ただ、すっごく綺麗だったからっ」

直ぐにでも背を向けてしまいそうな程に険しい青年の面に、柔らかな傲慢に背を押されるつつ焦って口にした言葉はあまりに心のままで、表には現れていないだろうが、顔が酷く熱くなった。
俺を睨んでいたはずの青年は、そんな不意の発言が理解出来なかったのだろう。今度は、幼子のようにきょとんとしている。

「   …きれ、い?」

滑り落ちた声は小さいながら凛と響いて、胸を打つ。嗚呼、もう



逃がさない





可憐な蝶の羽を毟り取る悪童のような加虐的な支配欲が溢れ出るのに比例して、気色が悪い程の優しさが声に滲んだ。

「うん、すっごく綺麗だったから、つい、ね。本当にごめんねっ」
「なんで、綺麗が  …鬼?」

薄らとした警戒心を纏ったままではあるが、返答される。奇妙な充足感に包まれながら、再び警戒されないよう素直に応じる。

「だって光が淡く散っててさ、君の髪がキラキラってして、それから、ほら君って細身なんだけど、肌が艶っぽい感じでさ、しかもそれが桜の木の下だったし」

隠さないことが逆に徒となったのか、先程までの愛らしい表情が一転して、少しの呆れと共に再度歪む。
正直過ぎた自分の口が恨めしい。

「それはつまり、桜の木の下には死体が埋まっているっとかいう…所謂アレな発想ですか?」
「アレな発想って…せめて文学的とか言って。しかも、どっちかって言うと俺の場合、純文学な感じじゃなく民俗学的文学路線だったんだけど?」

せっかく可愛かったのに、と再度歪んだ表情を眺めて返せば、言葉に反応して、俺の思いに応えるようなきょとんとした疑問の色をまた浮かべる青年。
なんだか、そのくるくると変わる表情がとても微笑ましくて、彼の無言の疑問に応える。

「鬼っていうのは今でこそ牛の角に虎のパンツの怪物なんて思われてるけど、昔は木霊なんかも含めた目に見えない何か、不可視の存在全てを指した名前だったの。つまり、今で言う精霊的な存在全般を指す語句だったんだ」

ふむ、と頷く青年は無防備で可愛らしい。思わず、にやけそうになる顔を引き締める。

「それから、桜の木ってのはある意味現在の垂れ柳に似た植物でね。垂れ柳の寄る辺ない様が江戸時代なんかに流行りだした現代の典型的な幽霊に準えられたように、桜もその艶やかな麗しさが人を惑わし狂人にするなんて思われてね、鬼が出やすい木って言われるようになったりもしたんだよ」

昔話で見目美しい妖が桜の木の下に現れたっていうの聞いたことない?と問えば、青年は少し首を傾げていてから、また小さく頷く。
俺は、そんな君に満足して話の本筋を結ぶ。

「だから綺麗な君が、綺麗な桜の木の下で光を浴びてるのを景色を見て、鬼だなんて言っちゃったってわけ」

「…最近はそういうのサブカルチャーって言いますよね」

鬼と呼ばれた意味が不快だったのか、思ったよりも興味がなかったのか、彼は簡潔に話を括った。
どちらにせよ、俺の方はまださよならしたい気分じゃないんだけどな。無理に長引かせて嫌われるのも、嫌だけど。

「ん、そうかもね。だけど俺はあんまりその言い方は好きじゃないな、オマケみたいな呼び名じゃない。まぁ、だからって民俗学的文学路線っていうのも正しくないんだろうけどね」

複雑な思いを隠したまま、どちらに転んでも構わないという言い方で会話を繋げれば、そうかもな、と彼は思いの外優しく肯定してくれた。

それだけだった。

ん、初対面の会話にしてはだいぶ時間も経ったものね。仕方ないか。

「ね、君の名前は?」

最後の悪足掻きに、眉間の皺がぐっと増えた。それはちょっと傷付いちゃうよ、お兄さん、なんて間抜けなことを考えていたら彼が小さく呟いた。
悪足掻きは悪足掻きで、応えはあんまり期待してなかったせいで彼の言葉を聞き逃しちゃった。愚か者。
聞き返したいけど、小さい声だったことから考えても言いづらいとか、あんまり言いたくないってことなんだよね?
こういう子って話し出すのは自分のタイミングじゃなきゃ無理なんですって子が多いよなぁ、と思い、黙って片手を耳にあて、もう一回の仕草をしてみる。



「…獄卒」
「ソレって名前の方?」

彼は所謂良い人なようで、仕方なさそうにだが応えをくれて、俺も今度は聞き逃さなかったけれど、それでも名前の方も聞きたいなぁなんて思ったりしちゃって、勢いで結局聞き返しちゃった。ごめんね、ゴクソツ君。

案の定、沈黙。

でも、もういいよ、って言ってあげられない。だって、気に入っちゃったんだもん。待ってちゃダメかな?




沈黙。
耳まで真っ赤で可愛いなぁ







やっぱり沈黙。
あっ、なんかちょっと震えてて可愛いっ










まだまだ沈黙。
可愛いけど、もう可哀想だよね?うん


















「獄卒
        …鬼男」

目一杯の溜めの後、絞り出された声は小さいながら沈黙によく響いた。
オニオ君だって。きっと、鬼の字が入ってて言いづらかったんだね。そう思ってぴったりじゃん、なんて思ったのを飲み込んだ。

「で、アンタの名前は?」

ぶっきらぼうに言う彼を見る限り、俺のぴったりじゃん、は顔に出ていたらしい。本当にごめん。

「俺は大王閻魔。閻魔大王様って呼んで敬ってくれてもいいよ」

自分の名前が大嫌いな自嘲めいた俺の常套句を、そうですか、と彼は地味に流した。優しいんだか、辛辣なんだか…

「大王様、また何処かで」



君はそう言って、少し微笑んで、そして俺に背を向け歩き出した。
















「またね、鬼男君っ」



 

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