06/11の日記

07:25
※絶望するには足りない愛憎の淵から
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曽良なんて   しまえばいいんだっ





有り触れた言の葉が僕を突き刺した。
彼の言の葉でなければ、こんなにも虚しい透明な血が流れることもなかっただろうに。










「曽良のせいだ、あの人が僕から離れていったのは」


突如始まった慟哭に驚き、顔を上げれば、彼は泣きそうな具合に表情を歪め、僕を睨んでいた。零れ落ちないのが不思議な程の涙が膜を張る翡翠の瞳は、天国にあるらしい蓮池を思わせた。昨晩読んだ「蜘蛛の糸」のせいだろうか?

それにつけても、なんと愚かな…、僕は愛おしい彼に呼び出され、平生通りの昼食を共にしていたのではなかったか。今の今まで、何をぼんやりとしていたのだ。愛おしい彼がこんなにも傷付いているというのに、


「鬼男、僕は」
「曽良なんて   しまえばいいんだっ、いつもいつも僕のことを全部知っているような振りをして、気遣っているような振りをして、僕とあの人の邪魔ばかりする曽良なんて」


聞き分けのない幼子のように叫び出した可憐な蓄音機は止まらない。僕の言の葉など届かぬ天国から聞こえてくるかのように、ただ蓮池の底に溜まった清らかな泥のような本音が、鳴り響く。


「曽良なんて   しまえばいいんだっ、あの人を愛している僕に気付かせたのは曽良のくせに、あの人を愛している罪に気付かせたのも曽良だっ、そうやって僕からあの人を取り上げていく」


物分かりの悪い老人のように憂い出した詭弁な自鳴琴は止まらない。僕の心など感ぜぬ冥府から聞こえてくるかのように、ただ血の池の底に溜まった神々しい鉄錆のような真実が、鳴り響く。


「曽良なんて   しまえばいいんだっ、僕からあの人を奪い取って、僕があの人への愛情に、あの人からの飢餓に、あの人との孤独に、あの人だけの絶望に縋り付いて苦悩して、不幸になっていくのを見て嘲笑っている曽良なんて   しまえばいいんだっ

曽良なんて、曽良なんて、曽良なんて、 曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて  曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて 曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて   曽良なんて曽良なんて曽良なんて 曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて  曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて   曽良なんて曽良なんて曽良なんて 曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて  曽良なんて曽良なんて曽良なんて 曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良なんて曽良ナンて   ソ良なンテソラナんテソラナンテ ソラナンテ

ソラナンテ、   シマエバイインダッ













ら、曽良っ、曽良っ」


じんわりと火照った目元を擦りながら、上体を起こす。伏せたまま眠ってしまっていたらしい。愛おしい彼が心配そうに僕を覗き込んでいた。


「曽良が寝てるなんて珍しいから、起こさないでやりたかったんだけど」


そう言いながら、翡翠の瞳は先程まで手枕をしていたせいで些か歪んでしまった課題をちらり、と見た。申し訳なさそうな彼に既視感を感じながら、妙な罪悪感を覚え、慌てて返答した。


「…、いえ、明日提出しなければなりませんからね。起こして頂いて助かりましたよ」


声は些かに掠れて上手く話せていたのか自信がなかったが、彼はそっと息を吐いて、そう、と安心したように呟いた。

なんと愚かな…、僕は愛おしい彼に呼び止められ、久方ぶりの勉強会を共にしていたのではなかったか。今の今まで、何をぼんやりとしていたのだ。愛おしい彼をこんなにも心配させるだなんて、

その重みを払拭してやりたいと出来るだけ優しく微笑むと、投げかけたそれに彼もはにかんだような笑みで返してくれた。胸の奥がじりりと熱くなった。
そんな彼と僕を見て、友人が微笑う。勉強会は大抵僕と彼と、僕等共通のもう一人の友人とで行われた。たまに運が悪ければ役に立たない先輩二名と大人一名も参加する。
二人きりで行うことが減ったことは気にしてはならないのだと思う。嗚呼、何時までも見つめていては愛おしい彼がまた心配してしまう。話題を変えなくては、と不自然にならないように視線を移せば、友人の手元に、もう課題がないことに気付いた。


「妹子さんは終わったんですか?」
「うん、終わり。なんて言ったらいいのかわからないけど、これ以上続けても良くならない気がするから強制終了」


苦笑する彼は、ある意味一種の哲学だけどね、と付け足した。課題を出した教師を擁護する台詞に、彼らしいなと思う。


「…、僕も、そうしてしまいましょうか」
「え?曽良、もう出来てたの?」


起こさなきゃよかった、と顔中で語る愛おしい彼に、違うのだと首を振って応えた。ただ、何だか酷く疲れていて、真面目に課題をする気がなくなっただけのことだ。彼が罪悪感を感じる必要はない。


「出来ていたわけではありませんが、粗方出来ていれば良い気がしてきました。「ハンバーグと卵は何故愛おしいのか」だなんて、僕の人生に全く関係がないように思われて仕方ないので」


出来るだけ平生通りに、憮然とした態度でそう言えば、友人二人はらしい、と言って笑い出した。本当に、愛おしい友人だ。













「ハンバーグと卵は何故愛おしいのか」?

答えは簡単じゃないですか。何故、今更ソレを考え直す必要があるのです?

そうそう、その答えは変わりはしませんよ

答えは至極簡単なのです
ハンバーグと卵が何故愛おしいかと考える貴方が、ハンバーグと卵を、









愛しているから、でしょう?

簡単すぎて話の種にもなりません。
どんなに理屈を並べたって無駄なのです。答えは変わりません。何時考えようと、誰が考えようと、過程はどうであれ結果は変わらないのです。愛してしまったのならば、引き返せないのです。














人間って、そういう生き物でしょう?













だから、これからだって僕は君を愛すのです。

絶望するには足りない愛憎の淵から









 

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