07/16の日記
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※九十九目に還る
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オリジナルの人物が登場します。不快に思われる方は御覧になられないようにお願い致します
鬼景(キヒロ)…獄卒
蜂蜜色をした歌声が響いている。脳髄を溶かすような甘さに、骨の髄まで侵されるような掠れ、独特の節回しが蜂蜜みたいで、すごく綺麗。
「何の詩?」
「大王には関係ありませんよ」
邪魔をしては悪いし、勿体無いなとは思ったのだけれど、どうしても聞きたくなって声を掛けたのだけれど、舌打ちにも似た即答だけが返ってきた。
「俺、鬼男君のことなら何でも知りたいよ」
「、仕方がないことだって、あるものですよ」
そう言った彼は、蜜を奪られた華みたいに、俺なんか視界の端にも入れないで、遠くを見ていた。
蜂蜜色をした歌声が響いている。
朝に邪魔しちゃってから、本日二度目の蜂蜜色をした歌声が響いている。休憩時間だから何をしたって自由なのだけれど、脳髄を溶かすような甘さに、骨の髄まで侵されるような掠れ、独特の節回しが蜂蜜みたいで、すごく綺麗だから、すごく大切なあの子の事だから、すごく気になってしまう。
「ねぇ、鬼景君」
鬼男君に頼まれた資料の山を運んできた獄卒君に話し掛けた。その仔は、鬼男君が稀に見る優秀な獄卒だと誉めるから、最近仕方無く名前を覚えたばかりの仔なのだけれど。
小気味良い、模範的な返事が聞こえた。
「あの詩は、どんな詩なの?」
俺の他愛のない質問に、彼は蘇芳の瞳を微かに揺らしてから、そっと返答した。
「獄卒以前に知るべきような下等鬼の詩に御座います」
「下等鬼、の詩?」
「はい、獄卒を目指す以前の野卑で下等な…、いえ、正確には最低限度、獄卒を目指しても良いと判断されるだけの魂を持ち得る下等鬼が学ぶ、初習いとされる「九十九の詩」と呼ばれる詩です」
ふむ、と一つ頷いてみせるが、いまいちよくわからない。「ツクモノウタ」という詩の名だけが思考する脳内を寄る辺無く、漂う。
「、どんな歌詞なの?」
「はい、「九十九の詩」との名のままに、九十九の生命を潰していく仔鬼の数え詩で、一種の童の謡のような幼稚で簡易なものに御座います」
「潰しちゃうの?」
「はい」
「全部?」
「はい」
「潰して…、終わり?」
「はい。…、いえ、終わり、と申しますか、ある種の自然的終わりを迎えて終わります」
浮き世に天国、地獄に三途、最果て…、自然な終わりなんて何処にあるのだろうか、と揺に思いながら、彼の言葉の深意を窺う。
「つまり?」
蘇芳の瞳が深い所で煌めく。信心と懺悔が入り混じる一種の期待のような色を帯びて、嫌な光でぐらり、と輝く。
「私共が生まれた八大地獄と鬼男様がお生まれあそばした八寒地獄では、少々詩言霊に違いが御座いますが」
「、ん」
「生命を色々に数えていく段階で微妙な差異が既にあるものの、大きな差異は御座いません。唯一特筆すべき所と言えば、九十九目での差異である閻魔大王様の御髪か御爪の違いに御座います」
「俺の?」
知らない所で広まる敬愛と憎悪が凝り固まった信仰心に吐き気がする。詩のことは聞きたいけれど、何とも気分が悪過ぎて、嗚呼…、鬼男くんに逢いたい。
「はい。我等が八大地獄では閻魔大王様の御髪一筋を九十九目に潰しまして、閻魔大王様の一部となります」
「一部?」
「はい。鬼男様の八寒地獄では閻魔大王様の御爪一欠片を九十九目に潰しまして、閻魔大王様の御許へと還ります」
なんだ、つまり…、噛み砕いた話が、俺が鬼の仔を喰べちゃう、てそういうお話でしょう。穢らわしい魂の唯一の転生以外の浄化の導だ。高貴なる閻魔大王様と融合して、一になる。
所詮童の謡と言えど、あまりの下らなさに憐憫の情が湧いた。
「そういう詩なの?」
「はい、そのような詩に御座います」
確認を取れば肯定される。
「どっちも?」
「はい、歌詞の多少の差異はあれど、内容の意味合いには変わりが無く、地獄全域で歌われている詩であると認識致しております」
「、そっか」
愛おしい、心から愛おしい鬼男君、君の考えていることが手に取るように理解出来るよ、まるで神様になったみたいだ。
「…、なんて、馬鹿な子」
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