天国。
そこは魂に癒やしを与える唯一絶対の世界。一つの綻びも許されない清らかな世界を、黒衣の男が影を従えゆるりと歩く。
しばらく歩けば目的の人物を見つけ、黒衣の男は声を掛けた。

「ねぇ、そこの君。君はもう少しで転生するよ。だから、お祝いにこの花をあげる」

黒衣の男が花を差し出せば、彼は転生という言葉に些か驚いているようだったが、素直に花を受け取った。

「…赤い花。天国の花なのか?」
「いいや、現世の花だから転生先にも咲いてるだろうね」

浮き世の花が彼の人の手中で一輪、天国の優しい風に撫でられ、ふるりと揺れた。

「そうか。美しいが細い身なりで危気な花だな」

彼は僅かにだけ目を細め、他の花に比べれば固めの茎を持ちながら、それでもまるで頼りない花を眺め、ぽつりとそう呟いた。

「その花は、前世の君の象徴となる」
「今の私の…?」

紡ぎ出された言葉の続きを求める彼に、黒衣の男は応えた。

「そう。花言葉は‘神秘’。そして、崇高美、希望、前進」

黒衣の男は穏やかに微笑った。
全てをしっているはずなのに、何にも知らないみたいに。
かつて、一つの小さな国を法律と宗教という形で護り抜こうとした独りの男みたいに。

「…」
「そして、裏花言葉に‘悲しみ’を持つ紅い花」

黒衣の男は穏やかに微笑った。
全てをしっているはずなのに、何にも知らないみたいに。
かつて、二つの大きな世界を受容と施しという精神で繋ぎ留めようとした独りの男みたいに。

「私は…」

彼は何故だか酷く何かが込み上げてきて、ふと目元まで熱くなるような心地を抑えるように、何かを吐き出しかけたが、黒衣の男はそれを遮り、淡々と言葉を紡ぎ続けた。

「私は死者としか関わることが出来ないから、来世の君を幸福にすることは出来ないけれど…君の廻り続けるその魂が悲しみで枯れてしまわないように祈るよ。さぁ、行きなさい。かつて、人類の法であったその人よ」



ねぇ、もう君は一人で背負い続ける必要はないんだよ。

何も知らないふりをして傷みに耐える必要も、道化を演じて二つの世界の橋渡しをする必要だってない。

誰かを思って心を殺すことなんてなくて、何にもしなくていい。



ただ、笑って愛されていればいいんだよ。






一輪の紅いガーベラみたいに








 

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