「鬼男くんは俺の何処が好きなの?」




そう尋ねてきやがった鬱なアンタに、一発重いのぶちかましてやろうと思ったのは、内緒の話。









自己完結と他者完結の相対性理論









深夜の寝室、真っ赤に泣き腫らした目元が哀れな神様程手に負えないモノはない、と僕は常々思っている。泣く子と地頭には勝てない、って、何ソレ?何理論?誰ルール?

少なくとも僕には当てはまらない。清く無垢な赤子だろうが、悪どい権力者だろうが、腕力で黙らせる自信があるし、そんなモノに心を砕く僕なんて想像もつかない。
あっ、その際はもちろん、生死は問わないでくれると助かる。有り余った体力にモノを言わせる獄卒には、力の加減なんてのは難しいものなんだ。(だから地獄なんて場所で産まれるんじゃないか?)
こんなことを口にすれば、高貴なる冥府の主、閻魔大王様の秘書を首にされるかもしれないから絶対に口に出したりはしない。それでも、獄卒なんてそもそも卑しく穢らわしく理性的でなんぼの存在のはずだという思考もまた変わらない。

でも、そうだな。
 
僕の心の声ってヤツを聞いた世界で最も慈悲深い閻魔大王様が地獄に堕ちろって仰られるのなら、素直にこの魂を諦めてやらなくもない、のかな。


「大丈夫ですよ」


貴方様の御話になど興味を持つ価値が一つも見当たりませんよ、とでも言うように抱き締める手を容易に解き、閻魔大王様に薄手の毛布をかけ直し、明日の裁きに必要な書類をまとめる為に起き上がった。
そんな僕の対応がお気に召さなかったようで、冥府の主様は幼子のように渋い表情を作って、どうして添い寝止めちゃうの、といった具合に首を少しだけ傾げる。添い寝なんて秘書の仕事じゃない、という言葉はあえて飲み込んだ。

大切な主様の目元は未だに面倒な涙を引きずった跡として、先程よりも更に赤く染まっている。こんなにも痛々しい閻魔大王様を死者たちに対面させるわけにはいかない、早急に冷たい手拭いで冷やさねば、と頭の隅で考えながら本日のファイルを戸棚にしまい、新しいファイルを取り出す。



寝台の上から送られる閻魔大王様の視線は、まだ僕の背中を灼いている。


「大丈夫ですって。だって僕はアンタのことちっとも理解してあげられませんから」
 

顔すら向けもせずに再度応え直せば、普通の大丈夫って、理解してるよ、だから安心してねってヤツじゃないの、と訝し気に問われる。まったく、忙しいのに面倒なイカだ。


「そうですね、普通などというものは、それこそ凡庸で穢らわしい獄卒風情では到底理解に及びませんが、冥界を統べる閻魔大王様がそう仰られるのならばそうなんじゃございませんか?   …、僕は違いますけど」


冥府の秩序たる閻魔大王様に睡眠を促す為、ファイルを投げ捨て、寝台に潜り直しながらも、なんだかとても面倒な話だな、と僕は思った。


「死ぬほど好きだからってその人を完璧に理解出来ると思うなよ」


僕とアンタは別個体なんです、と主張すれば、些か納得がいかないという表情ながらも閻魔大王様は頷いてみせる。真実に最も近い神様に、最も愚かな魂が教えを説くなんて、いっそ死んでしまいたいくらいには馬鹿な話だ。


「死ぬほど愛してたって他者なんだよ。しかも僕は人外、お前は神様。どうすれば理解し合うことが出来るんだよ」


夜の静寂すら気付かないくらい、そんな些細な貴方様の肩の震えが、僕が神様を傷付けているという大罪を犯す咎者なのだと自覚させてくれた。
それでも止めてなんかやらないさ。全ての罪悪感は僕が背負えばいい。


「僕は僕のことしか理解りませんよ。僕がアンタを愛してるってことしか理解りません」


そう、愛しているんです。僕の、いや、世界の万物に公平たる神様を、僕は、愛しているんです。貴方様の苦しみの一つさえ理解らない無知のくせに、貴方様に欠片の幸せさえ与えられない傲慢のくせに、貴方様を愛しているのです、神様。


「ちっとも理解してあげられないお前のことなんて考えたって仕方ないだろ」


それは、仕方のないことなのです。全てが致し方ないことなのです。貴方様が神様なのがいけないのです。


「だったら絶対考えてなんかやりません。僕は僕の理解出来ることを前提において考え、行動します」


塵芥にさえ満たぬ僕の狂おしいまでの我儘と業を、その慈悲深き掌で御救い下さい。下等な僕で宜しければ、是非代償となりましょう。
 

「そんな僕が邪魔なら、嫌いなら、不必要ならば捨ててしまえばいいんですよ。殺してしまったっていいし、地獄に返品したっていいし、魂ごと消滅させたって構わない」


貴方様が下す判決ならば、喜んで従いましょう、僕の神様。


「アンタはアンタが理解出来ることを前提において考えて行動すればいいんだよ。理解出来ないアンタが何しようと僕の知ったこっちゃないし」


僕は永遠に貴方様の下僕なのですから、何なりと御命令を賜りたく存じます。
貴方様の御手ずから頂けるのならば、どんな御命令でも恐縮千万、至極光栄にございます。貴方様の清らかな御命令とあらば、森羅万象悉く、千万無量の感慨を抱き、粉骨砕身して御命令を遂行することでしょう。それは傍若無人なこの僕にも等しく、多生之縁が違えども、貴方様からの御命令だけは普遍の契りとする所存にございます。

嗚呼、僕には、貴方様の御命令が全てなのです。

艱難辛苦も貴方様の御命令とあらば快楽に過ぎず、故に、死は或いは泰山より重く、或いは鴻毛より軽しとは貴方様の御命令の為にある言霊であり、正に生殺与奪の権が貴方様にのみ許されていることの証でありましょう。


「僕はどんな状況においてもアンタを愛してるってだけの話ですよ」


百八煩悩さえも消えて去り、明鏡止水へ様変わり。貴方様の御声一つで森羅万象悉く、万物流転に輪廻転生。









「鬼男くん」
「なんです?」
「俺、君が好き。愛してる」





アンタ今、幸せそうに泣いてますね。

でも、アンタは本当にイカですね。本当に馬鹿ですね。アンタは今、めちゃくちゃ幸せそうに泣いていますけどね、アンタの不幸は何一つ解決されていないんですからね?

まったく、なんてイカな上司なんだろう。



だから、僕は応えてやる。


「そうなんですか、全く存じ上げませんでした













偶然ですね、僕もアンタが好きですよ。愛しています」




















 

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ