「三千界はまるで灯籠流しのようだね」


大王は机上の灯籠から洩れる紅の淡い灯りを眺めながら、うっそりとしている。骨のように白い肌が紅に染まり、何ともなしに、この方は死人なのだと思った。


「灯籠流しは秋に行うものでしょう」
「悠久の刻を生きる我々には些細な差だと思うけれどね」


今日は賽日だから、出来る限り御屋に居なければならないとの事だが、徒でさえ平生休みが無いのだから、死者が少ないこの刻くらいは少し出掛けた方が精神的にはいいのかもしれない。


「大王、三途の河原にでも往きませんか?今頃は血途も刀途も混雑していないでしょうから、火途の焔華がゆるりと愉しめますよ」
「ん、いいかも。最後に奪衣婆と懸衣翁に会いに行ったのは何時だっけ?」


外出の提案をしてみれば、桜色の唇が緩やかな弧を描き、口角が上がった。やはり少しの切り替えが必要だったようだ。
 

「八百年程前かと思われますが」
「あれ、そうだっけ?五百七十年に一度は会いに来てほしいって言われてたのにな」
「それならば、泰広王様に挨拶をした後、菓子折を持って伺った方が良さそうですね」
「…、泰広王くんって良い子だけど怒りっぽいんだよなぁ」


三途の河原まで出掛けるのならば御召し替えをと思い、唸る大王に此方へ、と言えば、素直に近付いてくる。何かと悩む所はあるものの、外出する気はあるらしい。誘って良かったようで、安心した。
飽くまで只の外出なので、正装でないからといって眉を顰められるようなことはないだろうが、念の為上等な葛籠を取り出した。





滅紫に藤煤竹に濃鼠が入り混じった布地は光の具合で若紫の艶を帯び、裏地の深紫が落ち着きを与え、白梅鼠の華の刺繍が一段と栄える。あまりに麗しい御姿に、無意識に手元を休めるなどという事はしなかったが、嗚呼、この方は元来高貴な御方だったな、平生から仕事さえきちんと成して、菓子を適当な所に投捨てておかずに、背筋を伸ばしていて下さればいいものを、と余計な事を考える。
前触れもなく、何かと聡い主が我が名を呼ぶのに、何も御座いません、とだけ応え、次いで支子色に山吹と鬱金が織り合わされた眩しい袂と袖の布地と同色の帯をしゅるり、と締めた。
仕上げとばかりに、猩々緋の髪紐で漆黒の髪を結い上げると、髪紐に設えられた銀朱の珠が揺れ、煌めく。


「不備は御座いませんか?」
「うん、良い感じ」
「そうですか。では、そのまま少々お待ち下さい」


声を掛けてから、自身は従者として最低限の礼儀に、浅紫に紅紫が霞む衣を身に纏った。十王の一人と謁見するとはいえ、十分な身嗜みだろう。


「では、参りましょうか」


早々に着替え終えて声を掛ければ、先程までの淡く物悲し気な憂い面が嘘のように鳴りを潜め、高貴な衣を品良く翻し、早く早く、と子どものように無邪気な微笑みを浮かべ、主は僕の手を取る。



嗚呼、

何時までも、
何時までも、貴方様が我が主でありますように





























 

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