書処
□月齢 21.3
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ナルトの誕生日である今日、ボクらカカシ班はささやかなお祝いの席を設けた。
その帰り道、ボクとナルトは並んで夜道を歩いていた。
腹ごなしに少しばかり歩きたいとわざわざ遠回りをしたがるナルトに、ボクは付き合うことにした。
満月を七日ほど過ぎた今夜の月は、中途半端に欠けて丸みを帯びた半月となり夜を照らしている。
その月明かりに浮かぶ金糸の髪を煩雑に掻き上げながら、ナルトは振り仰ぐように天を見つめた。
それからナルトには似付かわしくないゆっくりとした動作で、ボクの顔を見つめた。
魅入られるように、ボクはその顔に近づく。
ボクと違って健康的な肌色をしているナルトですら、この月明かりの下では、蒼白く映る。
ここまで近づいて初めて、ボクはナルトに宿る小さな愁いを感じ取った。
青空をそのまま写しこんだようなナルトの瞳に、ほんの少しだけ哀しみが溶け込んでいる。
なぜ?今日は君の誕生日で、なぜ………そこでボクはやっと気がついた。
君の生まれた日が持つその意味を、今のボクは理解出来た。
君の生まれた日、それは君に九尾が封印された日。
……そして君が一人ぼっちになってしまった日でもある。
「なんでそんな顔をすんだってばよ」
それはさっきボクが言いたかったセリフ。
「なんでサイがそんな辛そうな顔をすんだってばよ…」
そう言って、ナルトは切なげに笑った。
「…ボクはまだ一歳にもなってなかったから何も覚えてないんだけど…」
ボクがそう切り出すと、ナルトの大きな瞳が更に見開かれる。
ボクが言いたいことが、鈍いナルトにも伝わってしまっているようだった。
「何、サイが気にしてんだよ!」
ナルトはいつものように笑った。
無理をして笑顔を作っている訳ではない。
ナルトは以前のボクのように作り笑いなんてしない…というか出来ない。
感情がそのまま出てしまうナルトの、その笑顔は…それがきっとナルトがナルトである由縁なのだと思った。
辛いことも、苦しいことも、全てそのまま飲み込もうとする。
仲間を信じ、自分の信念を貫こうとするナルトは、けれどいつだって一人でその背中に全てを背負おうとするんだ。
「ナルト…」
ボクはナルトを抱きしめた。
その背中にそっと腕を回した。
「サイ?」
左耳に、息の掛かる距離で届くナルトの声。
人通りのない夜道で、ボクに抱きしめられたことにきっと戸惑いを感じているんだろう。
ごめんね、ナルト。
でもボクは、この感情を君に上手く伝えられないんだ。
ボクが言いたいのは、そんなに一人で何もかも背負い込まないで欲しいということ。
九尾のこと、木ノ葉のこと、サスケくんのこと、サクラのこと。
いったい君はいくつのことをこの背中に背負っていくつもりなんだろう。
「ボクにはまだそんな力はないけど…」
ああこんな時には、何て言えばいいんだろう。
今まで読んだ本には、今ボクがナルトに伝えたい言葉の答えは書かれていなかった。
言葉が、分からない。
分からなくて、もどかしくて…。
「でも、ボクだってもっと強くなる。だから、ナルト…そんなに一人で…」
「オレは一人じゃねぇってばよ!」
「え?」
ナルトは突然、眩しいような笑顔で言った。
張りのある声は、いつもの元気なナルトの声だ。
「オレは一人なんかじゃねぇ。カカシ先生やヤマト隊長、サクラちゃんに…里の仲間たちや……それにサイもいるじゃねぇか…」
ボクの名を呟いたところだけ、ナルトの声は少し恥ずかしそうに聞こえた。
ボクの胸は、不思議なもので満たされる。急に胸の奧が痛くなって、けれどその痛みは苦しいものじゃなかった。
この込み上げてくるような感情は…今のボクにはまだ分からないけれど。
「ありがとう…」
そう言うのが精一杯で。
ナルトの誕生日なのに、これじゃあボクの方がプレゼントを貰ったみたいだった。
心のこもった言葉を。
「ナルト…」
抱きしめた腕に力を込めれば、腕の中のナルトが小さく叫んだ。
太陽のようなナルトの笑顔で、ボクは初めて輝くことが出来る。
空に浮かぶあの中途半端な月のように、今のボクにはまだ輝きが足りない。
もっと強くなって、そして少しでも君の力になりたい。
もっと───。
それは、君の生まれた日に、ボクが誓ったこと。
END
(09/10/10)