書処
□命の重さ
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サイとナルトが喧嘩をした。
正確にいうなら、ナルトが一人で怒っていた。
激しく怒りを露にするナルトを前にして、サイはただただ呆然とするばかりだった。
「ナルト、何を怒ってるのか、ボクに分かるように説明してくれないかな?」
そうしたら謝るのに、君を怒らせたい訳じゃないのにと、サイは思う。
「ふざけんな!お前ホンットに分かんねぇんだな!ちっとは自分で考えてみやがれ!オレからは理由言わねぇからな!分かるまでお前とは口きかねぇってばよ!」
ぎゃあぎゃあと喚くナルトは、とりつくしまもない。
その背中をしょんぼりと見送り、サイは深く溜息を吐いた。
今日一日を振り返る。
今日の任務はカカシ班にとっては難なくこなせるもので、予定時間よりも早く任務は完了した。
里へ帰還し火影へ報告、次の任務もまたすぐに入るので、束の間の休息を取ることになる。
それで他愛もない話をしている時に、サイが何気なくナルトへ言った言葉。
その直後にナルトの表情が一変したのだ。
「何かあったらボクが命に代えてもナルトを守るよ。ナルトのためだったらボクは死んだって…」
そこでナルトはサイの言葉を遮った。
そして怒鳴りながらサイの肩を掴んだ。
「ふざけんな!何言ってんだテメェ…」
ナルトがあれほど自分に対して怒ったのは久しぶりだ。
とはいっても、出会って間もない頃の、あの頃の怒りとは違っていたと思う。
それだけ真剣にナルトが大切だと、そう言いたかっただけなのに、その大切なナルトを怒らせてしまった。
「分からない…」
サイは肩を落としたまま、木ノ葉の図書処に向かった。
一方のナルトは、収まりきれない怒りを抱え込みきれず、火影室から出てきたばかりのカカシを捕まえた。
「カカシ先生!ちょっと聞いてもらいたいことがあるんだってばよ…」
その怒りと悔しさと様々な感情の入り混じった複雑なナルトの顔を見て、すぐにカカシは話の内容を悟った。
「ん〜と、サイの件?」
「え、ど、どうして分かるんだってばよ…」
さっき言い争いというか、一方的にナルトが怒鳴っているのが聞こえてしまった。
ナルトの声はよく響くので、サイが何と言ったのかは聞こえなくても、ナルトの言葉はしっかりとカカシの耳にも聞こえていた。
「フーン、サイがね…そんなことを言ったの?」
「う、うん…」
命に代えても自分を守る、なんて言われたことを話すのには躊躇いがあったが、どうしてもそこを避けて通ることは出来ない。
どうしてサイがそんなことを言うのか、それをカカシに訊ねたところで答えが得られるとは思っていなかったのだが、それでも今のモヤモヤした気持ちを抱えていられなくなってしまった。
カカシはニッコリと微笑んで、それからナルトの金色の髪をわしわしと撫でた。
「ナルトにはね、ちょっと難しいかもしれないけどね…」
「な、何が?」
「…サイが育った“根”は特殊な所だからね」
それからゆっくりとした口調で話すカカシの言葉を、ナルトは噛み締めしめるように聞いていた。
“根”で育ったサイにとって「命」の意味は、ナルトが考えるそれとは違う。
“根”でいう「死」とは、もう任務をこなせなくなることだ。
“根”にとって無用の存在となること。
“根の者”の命は、本人自身のものではない。
そういう価値観で生きてきたのだ。
死そのものに恐怖心もなく、あるのは任務をこなせなくなる、無用のものとなる、それだけだ。
感情を殺す特殊な訓練を受けてきたサイが、少しずつ感情を取り戻してきたこと。
その中で生まれた言葉は、けっして命を軽んじて吐き出された言葉ではないだろうということ。
「サイなりにナルトを大切に思うからこそ…」
「…うん…もう分かったってばよ…カカシ先生…」
それ以上は、オレが直接サイに言うから。
「サンキューってばよ、カカシ先生!」
ナルトはサイの家へと急いだ。
しかしそこにサイの姿はなかった。
家に帰っていないサイの姿をあてもなく探す。
あちこちを走り回って、それからやっとサイが立ち寄りそうな場所を思い出した。
「図書処か!?」
その入口まで走り、ちょうど建物から出てきたサイとぶつかりそうになる。
「ナルト!」
「サ、サイ!見つけた、やっと…」