+徒然小説+

□故郷(魔人外法帖)
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ちりん…と微かな響き。
それに気が着いた様で、傍らの京梧が俺の方を向く。
俺の視線に気が着いた様で、京梧は物問いたげな仕草をする。
二人の間に出会った時とは違う風が吹いている。
気にする事はない。
また、元の風が吹くはず。それに早く溶け込めればいいだけだ。
「そう、お前だってそうだろ?」
「…いきなり話を振るなよな、ひーちゃん。何の事かさっぱり分からないぜ?」
「…分からなければ良い」
そう、人の心なんて分からない方が良い。
分からなければまた元に戻れる。
取り返しが着く、どうにかなっても。





ざあっと木の葉が踊り、傍らに立つ俺の頬を軽く打ってゆく。
「…お前は、俺が間違っていると言うのか」
強い風。俺を押し止めるかのような木々のざわめき。
「そうじゃないって言ったら、お前どうするんだ…?」
急に肩を引き寄せられて、体制を崩した。
思わず目を瞑り、衝撃に備える。
しかし次に感じたのは、俺を支える京梧の力強い腕だった。





「…いきなり何するんだ」
「すまねぇ。ちょいと聞こえちまったんだ」
そう言って、京梧はしれっと笑う。
そして急に真顔になったかと思うと、痛い位俺の腕を掴んだ。
「…っ、離せ。それかもうちょっと力を緩めろ」
しかし、京梧は更に強い力で俺を拘束する。
抗議しようと奴の目を睨みつけると、京梧は眉を顰めた。
「俺も、間違っているんだろうか、龍斗」
お前も、そうだというのか?
されどお前は志を貫くのだろう?





「…俺は、剣の道を極めてみたいと思っていた。いや、今でもそう思っている」
先程までの風が嘘の様に止み、再び心地よい風が緩やかに吹きぬける。
そう、俺が京梧や美里、九角達と出会ってから感じるようになった空気の暖かさ。
「ひーちゃん。この江戸が好きか」
皆と出会えたこの場所。嫌いになれるなら、どうすればよいのか。
しかし、今の俺はその答えを欲しがっている。
束縛されたらどうなるのだろうか。それ無しでは生きて往けなくなるのか?
その答えを知るのが怖くて、知りたいと願いながらも心の深淵では拒んでいる。
戸惑いを隠せないながらも、心のままに首を縦に振る。
「…やっぱりな。お前はそう答えると思ってたぜ」
…?何だ、どうしてそんな瞳をするのか。お前もそうなのだろう?
「そんな顔をするなよ。俺も江戸が好きだ。皆と出会った場所だし、
そう…お前ともこうして一緒に戦った場所だしな」
「…そうだな。数奇な巡りあいだったかもしれないな」
冷静に呟いてみる。自分自身に言い聞かせるように。





そう言い放つと、京梧は俯き加減になった。そして苦しそうに細めた瞳が俺を貫く。
「ひーちゃんはこの後どうするつもりだ?やはり故郷へ帰るのか」
いいや、と俺はかぶりを振った。
「…俺には待っている人もいないし。また一人で暮らしていく」
だって。
「だって、お前はまた風の吹くままに旅を続けるんだろう?剣の頂点を極める為に」
だから。
「だから、俺の事なんて気に留めなくてもいい。お前の思うままに生きろ」
それこそ。
「それこそが、お前らしい生き方だと俺は思う」
そして俺は京梧に笑みを向けた。
相手を思いやる言葉に見えて、相手を傷つける刃を持っていると知りながら。
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