+徒然小説+

□夢想−ゆめおもい−(遥時)
1ページ/5ページ

それは、暑い日が続く中で爽やかな風が吹いたとある一日の事。
私は一日の勤めを途中にして、早く帰る事にした。
自分では大した事は無いと思っていたのだが、周りの者が大事を取ってはと口々に話し掛けてくるので、居るもいたたまれず帰る事となった。
最近風もなく暑い日が続いていたから、少々生暖かい風でも涼やかに感じられる。
車だと分からないかも知れないが、徒歩で勤める身には有り難いもの。
そんな事に幸せを感じつつ、風に髪を泳がせながら帰途につく。
ついつい暑さに気を取られ、ふらふらと道を歩いていると猫が不意に私の足元で止まった。
思わずその猫を抱き上げると、毛皮の熱さにくらっとくる。
これが冬だったら、布団にでも入れたくなるくらい暖かいのに。
そんな事を考えていると、目の前に牛車が止まった。そして聞きなれたあでやかな声。
「おや、鷹通。そんなところでふらふらしていると轢いてしまうよ。まあ、小猫に構っている君もまた親猫の様で微笑ましいけどねぇ」
ふふふっと友雅殿が笑う声がする。そして車から降りて、猫を抱き上げたままの私の前に来た。
「友雅殿も猫がお好きなのですか?目が真ん丸くて本当に可愛いものです」
そう言うと、友雅殿は涼しげな浅葱色の扇子をひらっと一振りして猫の顔を覗き込んだ。
「うーん、確かに可愛いね。またこの毛並みが気持ち良いんだよ。ふさふさしていて、思わず頬擦りしたくなるよ」
そう言って友雅殿は私の手から猫をひょいっと抱き上げると、腕の中に子猫を収めた。
そうしてしまうと、友雅殿は子猫の喉に指を這わせて擦っている。
子猫の方も気持ちよさそうに目を細め、友雅殿の手に自ら擦り寄って喉を鳴らした。
「友雅殿は子猫の扱いも御存知なんですね。とても気持ちが良さそうです」
感心して私が見入っていると、友雅殿は扇をひらっとさせて私を呼んだ。
「おいで、鷹通。君にも教えてあげるよ」
私は暑さに負けそうな体を支えながら、友雅殿の傍らへ立った。
友雅殿は私の手の中へ子猫を移しながら、私に手解きをする。
「ほら、ここを擦ってやるととても気持ちが良いらしい。そうそう、このあたりかな…」
友雅殿は私の手を取り、子猫の喉へと導いた。子猫は友雅殿が触れた時と同じように、私の手に擦り寄ってくる。
その刹那友雅殿の触れた手の熱さを感じ、私はまたくらっとなる。しかしそれと同時に垣間見た友雅殿の表情に、私は一瞬釘付けになった。
「どうしたんだい?鷹通。私の顔がどうかしたのかな…」
刹那の間にそれは消え去り、私はぼーっとした頭をふるふると振ってその言葉を否定した。
「いいえ…。少々暑さにあてられてしまったようです。今日はこの辺で失礼させて頂いても宜しいでしょうか?」
そう告げると、私は足元が崩れ去るような感覚を最後に目を閉じてしまっていた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ