+徒然小説+

□繋がる鍵(おお振り)
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静かな、少し寝苦しい夜。
チームメイトの寝息が重なり合って静かに響いている。
ただ、隣からは音がしない。
薄目を開けてそっと見ると、三橋の疲れ切った横顔。
・・・きっと眠れないんだろう。
目を閉じたり、また開けて天井を見据えたり。
色白の頬に、黒いくまが出来てる。
寝ぼけた振りをして少し身じろぐと、微かに三橋の手の甲に俺の手が当たった。
冷たい、ひんやりとした手。ずっと布団の中にいたと思えない。
さっき外でモモカンに言われた事を思い出す。
「いろんな事が、分かるよ」
握るのも躊躇われる様な冷たい手の甲。
こいつは何を考えているんだろう。
何を・・・怖がっているんだろう。
俺は何もできねえのか。
見ていてイライラする。でもこのイライラは三橋のせいじゃないのは俺だってわかる。
むしろその逆。どうしたらいいか判らない自分にいらつく。
モモカンの言葉が脳裏をよぎる。
俺は更に寝ぼけた振りをして三橋の手を掴んだ。
今だけは。今だけは、少しでも。
ぐっと冷たい手を掴むと、軽く握り返された。
そっと、目を閉じて。
モモカンがさっきした様に。
思いが伝わるように手のひらに神経を集中させる。


俺がいる。


俺が、いるんだ。


握っている手が震えて。
ゆっくり三橋が寝返りを打つ。
思わず反応しそうになったが、辛うじて動かずにすんだ。
気配で三橋が何となく俺を見つめているのがわかる。
「ごめん・・・な・・・さい。でも、ちょっとだけ・・・」
三橋は手を外し、そっと俺の胸に頭を寄せた。
「ここに居させて・・・ください」
シャツが少し濡れた、と思ったら、胸元で三橋の寝息が聞こえてきた。
ゆっくりと腕を上に上げて、俺は三橋の背に手を回す。
想いが伝わらなくても、分からなくても。
今はこうしてるだけでいいんじゃないか。
それで三橋の涙か止まるなら。
それでこいつが安心できるのなら。
まだ・・・始まったばかりだ。
せめて早くその瞳から涙を消せ。
そして、俺の姿を・・・映せ。





翌朝目を覚ますと、既に三橋の姿はなかった。
顔を洗いに水道のところへ行くと三橋が俺を見て赤く頬を染めた。
「おはよう」
「う・・・」
そ知らぬ顔をして肩を叩くと、三橋はがばっとタオルから顔を上げた。
「お、お、おはよう・・・ございます。き、昨日は・・・」
「ん、悪かったな。ワインドアップ」
「え・・・?」
「お前・・・頑張ってるもんな。でももうちょっと俺の言う事も聞けよな」
「ごごごごめんなさい!」
「俺だって、お前の事考えてるんだぜ」
「・・・あ、阿部くんが、俺の事・・・?」
俺はわざとらしく笑ってみせる。
「ああ、お前の事・・・もっと知りたいからな。昨夜はお近づきになれて嬉しいぜ、ん?」
三橋の耳に囁くと、ゆでだこみたいにますます赤くなった。
「おおお、起きてたの?!阿部くん・・・」
「もちろん。めったにない機会だし。少しは寝られたみたいだな」
「・・・有難う、阿部君。俺・・・ここにいてもいいのかな。阿部君の傍に・・・いても」
「ああ。『少しだけ』じゃなくて、『いつでもどうぞ』ってのは?」
ほらといって三橋を胸に引き寄せる。
居心地いいだろ?と言って頭を撫でてやると、三橋は微かな声で頷いた。
「一緒に、いていいんだ・・・」
当たり前じゃないか。それじゃなきゃ俺だってあんな気持ちにはならない。
そばに居てほしいから。これから一緒にマウンドに立ちたいから。
微かに当たった手のひらは未だ少し冷たくて。
俺の今の気持ちを。
どう言えばいいんだ?思いは色々駆け巡る。
俺は、何か伝えなきゃいけないような気がする。
それが、俺と三橋の第一歩だと思うんだ。
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