+徒然小説+

□視線の行方(おお振り)
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「・・・三橋、三橋」
どこか遠くのほうで声がする。
オレを呼ぶ声。オレは暗がりからゆっくりと体を起こした。
すうっと襖が開いて。逆光の中に見慣れたシルエットが見える。
「阿部・・・くん?」
阿部君はスッと襖を閉めた。再び訪れる暗闇。
目が慣れたせいで、阿部君が近寄ってくるのが朧気に分かる。
「起きたか、三橋。メシ・・・食うだろ?」
阿部君にそう言われて、お腹が寂しそうにクウと鳴った。
「うん・・・」
お礼を言おうと、阿部君の気配がした方を見ると。
阿部君の姿がなかった。
「阿、阿部く・・・?」
最後まで呼び終わらないうちに、背後から手が伸びてきて。
それと共に。
「・・・わり・・・・」
名を呼んだ人の、声がした。
「ど、どうした、の・・・阿部くん?」
「・・・・良かった」
「う・・・?」
「良かったぜ、行かなくて」
「阿部、く・・・・」
「試合中も言ったけどさ・・・お前未練たらたらな顔してんだもん。試合中、三星ベンチばっか見てただろ」
あ・・・・無意識に追ってたかも、知れない。
もしかしたら今一緒に居たかもしれない、昔のチームメイト達を。
「オレ、そんなお前をずっと見てたんだぜ。そうしたら・・・」
急に阿部くんはまじめな顔になって。
「お前だったら・・・どう思う?そんな自分のバッテリーの相方見たらさ」
オレだったら?
阿部くんがもし・・・もっと凄いピッチャーが現れて・・・その人のとこへ行ってしまったら?
そう思った途端、涙がぼろぼろとこぼれてきた。
イヤだ。阿部くんじゃなきゃ・・・阿部くんは初めて、オレを必要と言ってくれた。
・・・こんなオレを好きだと言ってくれたから。
「分かったか?オレの気持ち」
不安で、不安で。
阿部くんもこんな気持ち・・・・だったの?
「ゴメン。お前を泣かせるつもりじゃなかったんだけど・・・オレもさっきそう言う気持ちだったんだよ。最初は意地でもお前を勝たせれば西浦を選んでくれると確信してた。でも、お前の三星を見る視線を追うたびに段々不安になってきたっ・・・」
回された阿部くんの腕が震えているのが分かった。ぎゅっと更に力が込められて。
痛い、いたい・・・けどそれが、さっき涙がこぼれた時の胸の痛みと同じ位痛い。
阿部くんも、きっと辛かったんだ。
オレ・・・阿部くんに辛い思いをさせちゃったんだ。
「ゴメンね、あべくん・・・」
そう言ってオレは阿部くんの腕に手を添えた。
「オレ、頑張るよ。エースが欲しいって言ってくれた監督やみんなの為に。オレを欲しいって言ってくれた・・・阿部くんの為に」
そう言うと更に阿部くんの腕の力が強まる。
「オレもさっき誓ったんだ。3年間、お前・・・オレのエースに尽くすって」
それって・・・3年間オレが阿部くんに投げて良いって事、だよね?
どうしよう!どう伝えたら良いかも分からないほど、オレ嬉しい・・・!!
「オレ、今まで誰かに欲しいとか必要とかっていわれた事無い・・・よ。だから欲しいって言ってくれた時、本当に嬉しかったんだ・・・」
「・・・・・三橋」
阿部くん、「オレのエース」って言ってくれた。
だから・・・。
「だから・・・オレは、阿部くんの、だよ」
そう言った途端、背中にぴったりとくっついている阿部くんの鼓動がドクンと跳ねた。
じかに伝わる鼓動。早くなるにつれて、追いかけるようにオレの心臓も動き出す。
「サンキュ、三橋。すっげえ・・・嬉しい」
その言葉は、強くやさしくオレの耳に吸い込まれた。
阿部くんは更に力を込めてくる。
痛いのが嬉しいなんて、初めてだった。
さっきとは違う、幸せを感じる痛み。
阿部くんの嬉しさが、痛みと共にオレの心にも染み込んできて。
オレの目からもまた雫が溢れて、阿部くんの腕へと流れた。
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