+徒然小説+

□直球勝負(おお振り)
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「オレの球は飛ばない球・・・」
”飛ばない”といった事では良いコトなんだろうけど、なんだかとっても残念な気がする。
やはり榛名さんみたいに、”飛ぶ”早いストレートを投げてみたい。
大スキな・・・阿部くんに早く届けたいんだ。
オレの思いを込めた、球を。




試合は武蔵野第一が勝って、カントクがチ−ムメイトを集めていた。
「ふう・・・帰りもランニングか」
阿部くんは終わった途端さっと立ち上がった。足早にカントクの方へ行こうとしてる。
そうだ、阿部くんにもう一回聞いてみよう!
「あ、あ・・・阿部くん!」
「どうした三橋?気分でも悪いか」
さっき着いた途端に倒れたし、と阿部くんは心配そうにオレを覗き込んできた。
「ち、違う・・・」
と言おうと思ったら。阿部くんは既に監督の所へいってオレを指さして話してる。
そして他のみんなは、球場をぞろぞろと出て行ってしまった。
阿部くんは・・・といえば、辺りを見回しながらこちらへ戻ってくる。
「さ、行こうぜ三橋」
「あ、阿部くんはみんなと行かなくて・・・大丈夫?」
ああ、といって阿部くんは笑った。
「お前を置いていけるわけ、ねえだろ」
やっぱり、オレ阿部くんが好きだ。
さりげない言葉も、そうは聞こえないぶっきらぼうな言葉遣いも、全て。
「さ、行こうぜ。カントクには言っておいたから、ゆっくり歩いても大丈夫だ。お前、話したい事あんだろ」
顔に出てるぜ、といって阿部くんは笑った。





阿部くんと二人で並んで歩く。
まるで初めて手を握られたときのように、ドキドキが止らない。
でもこれは緊張して、とかイヤで、とかじゃない。
嬉しいドキドキだ。
「阿部くん、オレの球は・・・飛ばない球っていったよね」
「ああ、さっきの事か!ああ、確かにお前の球は飛ぶ球じゃあねえな」
うう、やっぱりオレの球はヘナヘナな球なんだ。
さっき阿部くんが転がした球・・・ふらふらして頼りなくて、まるでオレみたい。
「でも」
でも?
「でも、オレはお前の球、好きだぜ」
「な、何で・・・?」
だって、と阿部くんは笑った。
「飛ばない球って言う事は捕手やチームにとって助かるじゃないか。相手に点が入りにくいし」
そ、そうか!そういう考え方もあるんだ・・・.
良かったあ・・・オレでも少しは役に立ってるんだ!
思わず笑みがこぼれる。そんなオレを見て、阿部くんは顔をふいっと背けた。

「・・・から」

何?阿部くん・・・今なんて・・・。
「あ、阿部くん?聞こえないよ・・・」
そう言うと、急に阿部くんはオレの方に向き返った。
う・・・顔が赤くて・・・阿部くん、怒ってる?
「だから!それは・・・オレにとっては飛ぶ球だからっ!」
「な、何で?何で阿部くんにとっては飛ぶ球なの?」
そう言うと、阿部くんは頭を照れくさそうにかりりと掻いた。
「だって・・・お前、オレの構えたところ全部きちっと投げてくるからさ。・・・嬉しかった。最初は自分の思う様に投手を操れると思ったから。リードをしている自分が。でも、今は違うぜ。お前が、思った様にオレが構えたところに投げてくれる。・・・何か、ちゃんと双方通行だなって思えて・・・さ。オレが思った事、お前に通じてるんだなって。だから・・・”俺にまっすぐ飛んでくる球“だと思った」
「・・・阿部くん」
「だから、これからも俺に向かってキチンと飛ばしてくれよな。球だけじゃなくて、お前の考えていること。うれしいことも、辛いことも全て」
な、と笑う阿部くん。



阿部くんの笑顔を見た途端、オレは何かが吹っ切れたように体が動いた。



「わっ!いきなり飛んでくるなよお前!!びっくりするじゃねえか」
好き、阿部くんが好き。
一方通行でもこんなにドキドキするのに、双方通行になったらどんなになっちゃうんだろ。
「オ、オレ、も・・・飛ばしてみた」
そう言って阿部くんの顔を見ると、耳まで真っ赤に染まってる。
「バッカ、お前自身が飛んできてどうすんだよ・・・しょうがねえから受け止めてやるけどっ!」
阿部くんはそう言って、ぎゅっと音が出るくらい強くオレを抱きしめてくれた。
まだ一方通行でもいい。通行止めにされたくないから。
ちゃんとオレが気持ちを言葉でストレートに飛ばせるようになったら、阿部くんと、阿部くんへの気持ちと真っ直ぐ向かい合えると思うんだ。




阿部くん目掛けて・・・憧れのストレート、きっと決めてみせるよ。
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