+徒然小説+

□絶対温度。(おお振り)
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夕暮れの公園は夏が近づいているせいもあって、まだまだ太陽の光が差し込んでいた。
人気はないし、じっくり話すには好都合だ。
木陰にあるベンチを見つけて、俺は三橋を呼び寄せた。
『この辺でいいよな。さてっと』
どんっとベンチに腰掛けて、三橋にサンドイッチとお茶を渡す。
『ほら、食おうぜ。後おにぎりだったな』
『・・・ありがとう、阿部君。いただきますっ!・・・』
やっと、三橋が俺の目を見た。さっきだって見ていたけど、どこか視点があってなかった。
今は、俺を見ている。それが解る。そんな事でこんなにほっとする。
何かつかえていた物が取れた反動で、俺はおにぎりのフィルムを切り一口かじる。
横目で三橋を見ると口いっぱいに頬張って、かなり苦しそうだ。
『しょうがないな。ほらお茶飲んだほうがいいぜ』
『うーーーっ、う、うんぐっ・・・』
三橋はトントンと胸を叩きながらお茶と一緒にサンドイッチを飲み込んでいるようだ。
俺はさっと2つめのおにぎりのフィルムを剥がしながら、三橋を今一度見る。
全く。
全く本当にこいつは。
食べている時はホント幸せそうだ。
『いつもそんな目をしてると、いいんだけど』
『え、何?阿部君』
ポロリと零した言葉を、三橋は拾ってしまったらしい。むぐむぐと口は休めずに、視線は俺に。
まあ、話すつもりで来たんだから今でもいいか。
『お前、まだこのチームで落ち着けないか?三星との試合が終わって、あの時俺はお前が西浦を…』
俺を選んでくれたんだと。
そう確信した、つもりだった。
三橋は手を止めて俺を見る。少しキョどった感じのいつもの表情。更に不安を煽られ、切った言葉を綴る。
『お前に居てほしいんだ。今の西浦には投手が必要だ。だけど俺はお前以外に組む気はない。だから言ってくれ・・・どうしたらお前が安心してここで投げられるのかを』
つい真剣に三橋の顔を見据えてしまう。恐がらせるのは分かっているのに。
『俺には、お前が必要なんだよ』
・・・やばい、またしっかりと見据えてしまった。

逸らすな。

俺から・・・

逸らすなよ。

身の置き所のない長い沈黙に、思わず俺も三橋から視線を逸らしそうになる。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
『本当に?お、俺でも阿部君と・・・良いバッテリーになれる・・・?』
『ああ、もちろん』
『は、榛名さん・・・』
『・・・あいつが?』
『榛名さん・・・みたいに、出来るかな』
『・・・お前はあいつ以上だよ。俺にとって』
目に見えてたじろぐ三橋の手を掴むと、その手は赤く染まって暖かかった。
面白い。思わず笑いがこみ上げそうになる。
更にその手を引いて。その瞳の奥をじっと見つめて。
『言っただろ。俺はお前が好きだって、さ』
その途端。
『うわっち!何したんだよお前』
全くあんなに手が火を噴くみたいに熱くなるなんて。
『だ、だ、だって・・・阿部君が俺を好きだって』
逃げようとする手を、更に強く引き寄せる。
『お前も、言ってくれたじゃん?好きだって』
『う・・・言った、俺も』
『好きってことは、俺にとってお前が最高だって事』
そこで、わざと悲しそうな顔をしてみせる。
『三橋は違うのか?・・・』
『ち、違うよ。俺も・・・俺も』
好きだよ、と。
おにぎり見つめないで、こっち向いて言えよな。
良かった。こいつの手は温かい。
大丈夫。今度はきっと。
そして、あ、と三橋は呟いた。
握っている手が僅かに汗ばんている。
『さっき・・・ごめんなさい・・・見取れたんだ、思わず。阿部君があんな顔で笑うから』
俺は思わずぽかんと口を開けてしまった。
『俺を見てくれてるんだって。俺と一緒に野球をしてくれるんだって。そしたら嬉しくてくどきどきして・・・ご、ごめんなさ・・・阿部君はきっと・・・嫌だったよ、ね』
『そんな事はね-よ』
俺は握っていた手を離し、三橋の頭をぐちゃぐちゃに掻き混ぜる。
そして、俺の精一杯の笑顔で。
『じゃあ笑って待っていてやるよ、お前の球を。いつもお前が安心できるように』
『うん!』
『約束したよな・・・俺が3年間ずっとお前の球を取るって。必ず』
そう言った途端、三橋は見たことのない笑顔で飛びついてきた。
こんな表情が見られるんなら、三橋の試合は誰にもキャッチ譲れねェな。



もう目を逸らせない、三橋の姿。
お前も目を逸らすな、俺の姿から。
そしてマウンドで笑おうぜ、一緒に。


俺だけ・・・見ていろ。
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