+徒然小説+

□故郷(魔人外法帖)
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京梧は俺の雰囲気に愕然とした様だった。
これだけ言えば、京梧はさっぱりして自分の思う道へ行けるだろう。
重荷と思って欲しくない。
俺だって抱えたくない。京梧が決めた事なら尚更だ。
「…何処へも行かないと言うのなら、ひーちゃんこの江戸を守れ」
今度は俺がその言葉に驚く番だった。
俺の言葉を挟む余裕を与えず、京梧は勢いをつけて言葉を紡いでゆく。
「俺も…いつか極みに辿りついたら、また帰ってくる」
そして俺の肩を優しく掴んだ。
「また、一緒にこの場所を守ろうぜ、ひーちゃん。皆と守ったこの土地を」
そして、泣きそうな顔で。
「お前と出会った、この場所を」
失いたくないんだ。その言葉は掠れていて。
俺は言葉を捜したが、京梧が口を開こうとする俺を制する。
「本当はここから離れたくない、と思っている。俺は…」
決めたのに。俺の志は決まっているのに。繰り返し呟き。
「俺は、間違っているのか…龍斗」
俺は言葉にならない思いを抱えて、京梧の背にそっと腕を回した。



京梧は驚いて身を引こうとしたが、俺は京梧の背にしがみ付いた。
「お前は決めたんだ。だからその道を歩む方がお前も後悔しないはずだ」
でも。でもな、京梧。
「京梧が江戸に帰ってくると言うのなら…俺はここにいる」
そう、それだけが本当の事。しかし、自分の性格の事。素直に京梧に伝えられない。
「…俺が待っているんだから、間違っていない。そうだろう?」
強引な結論をもって、戸惑う京梧を睨みつけた。
「俺と一緒にまたこの場所を守るんだろう?だから強くなって帰って来い、京梧」
そして、京梧の顔を下から覗き込んだ。頬を伝うものを止めることも隠す事も忘れて。
今なら。
「俺も失いたくないさ…お前と出会ったこの場所を。だから俺は、残る」
…告げられた。他でもないお前に。





一瞬京梧の顔が強張り、最後の言葉を俺が告げると更に彼の顔が歪む。
刹那、今まで戸惑う様にゆるりと回されていた京梧の腕が力強さを取り戻し、
俺の躯を掻き抱いた。
「俺を…待っていてくれるのか…龍斗」
「ああ、お望みとあれば、な」
おどけた口調で己の涙を誤魔化す様に俺は笑った。
「…はは。それじゃお願いするとしますか」
そんな俺に、京梧もいつもの調子を取り戻した様だ。
「しかし、前『この戦いが終わったらどうするんだ〜?』って聞いた時、
ひーちゃんは『ふるさとでのんびりしようかなぁ』なんて言っていたじゃないか」
そんな京梧に苦笑して、「だから」と俺は京梧の言葉を遮った。
「『生まれた』故郷には俺を待っている人が居ないって言っただろ?京梧。
だから俺にとっての故郷はここだ。
お前が帰ってくると言ったから。その時からこの場所が俺の故郷だ」
そう言うと、うっすらと京梧の顔が上気してゆく。
「『待っている人』が居る故郷っていうのもいいだろ?京梧」
「ああ、『待っていてくれる人』が居るんなら、俺も帰るさ」
更に強まる京梧の腕の中で、俺は大声で泣きたいのを辛うじて堪えた。





決して生まれ出た場所だけではない。
全て終わって、人が最後に帰りたいと願う場所。
安らぎを与えてくれる『人』が居る。
俺は思う。それが「帰るべき」故郷だと。
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