+徒然小説+

□かのために(幻水3)
2ページ/5ページ

とにかく夢中だった。
兎に角渡したら最後だと。
どんな風に剣を振るったか覚えていない。
ただ、初めて使った紋章の威力だけは脳裏に焼き付いていた。
その光景をぼんやりと思い出していると、いきなりトンと叩く音がして、間を置かずがちゃりと金属音がした。
続いてゴトリと何か物を置く音。
霞む意識を振り払うため、軽く伸びをしようと腕を伸ばす。
その指先が不意に生暖かい物に触れて、俺は手を伸ばした方向を見やった。
「……どうだ、具合は」
そこには俺に頬を突かれた状態で、俺を見下ろしているゲドの姿があった。
しかも全く表情を変えていない。怒っているのかと思い、俺は慌てて飛び起きた。
「ご、ごめんなさい…。気が付かなくて」
「いや、わざと物音を立てないようにした。お前のせいではない」
ゲドはテーブルの上にスープ皿を乗せると、椅子を引き寄せて俺と向かい合う様に座った。
俺もちょこんとベットの上に座り直す。
ゲドは黙って俺にスープ皿を寄越した。
「……食っておけ……」
俺は素直にスープ皿を受け取ろうとした。が、手に力が入らず上手く持っていられない。
手の震えでスープ皿に乗せてあるスプーンがカチャカチャと音を立てていた。
「……」
ゲドは溜息一つ零すと、俺の手から皿を取って支えた。
「持っているから…早く食べろ」
しかしこの高さでは低すぎて食べにくい。俺は思いきってぐいっと丁度良い高さへ持ち上げた。
ゲドはちょっと眉根を動かしたが、何も言わずそのまま皿を支える。
…静かだ。というか、気まずい。
俺は手早くスープを掬い取り、口に運び続けた。
「ご馳走さまでした」
スプーンを置き、一息つく。ふと傍らの彼を見ると、自然と目が、あった。
「……何だ」
ちょっと不機嫌そうな声で俺に向かって呟く。
「何でもないです」

ただ。

瞳が合った一瞬だけ。

柔らかな光を湛えた瞳を見てしまったから。垣間見たその光の理由を聞いてみたかった。
…もう、いつもの彼だ。
「…気分はどうだ」
「大丈夫です。心配かけて…すみません」
ぺこりと頭を下げると、ゲドは俺の髪をくしゃっと掻き混ぜた。
その仕草が彼らしくなく思えて、俺はつい聞いてしまう。
「何か…ありましたか?」
その質問に、ゲドは明らかに動揺した。ぐっときつい視線を俺に向ける。
そして俯き加減に目線を逸らす。
「…少し、思い出した。俺の友人を」
少し躊躇った後、俺と視線を合わせた。
「お前にそっくりな奴だった。特にその…」
聞くまでも無い。その友人は。
「炎の英雄ですか…?」
「……」
ゲドは瞳を逸らした。その表情に心の奥が締め付けられる。
手袋を外した右手で髪を掻き上げて、ぐっと前髪を掴む。
その仕草があまりにも。
彼の苦しみを感じさせて。
無意識のうちに伸ばした右手を、彼は軽く制した。
「……別れるのが辛かった。あいつが望んだ道だから、大切にした思いだから…と自分に繰り返したが、駄目だった。
離れたくなかった…失いたくなかった」
吐き出すような独白。
言葉をかけようとするが、喉の奥に詰まってもどかしい位に言葉が紡げない。
「よくあいつとはぶつかった。思想が違うと言っては、2人してサナに宥められた」
それでも。
そう、それでも。
「…俺は、あいつと一緒にいたかった。真の紋章を疎ましく思っていたが、共に生きられる枷になると思うと嬉しかった。
縛られたくない、とあいつは言った。それは運命にということだろうが、俺には…とても辛かった」
そしてふっと笑った。
何時もの不敵な微かな笑みとは程遠い、壊れてしまいそうな、笑み。
「そして解き放たれたあいつを、俺は羨んだ。それは嫉妬した…とサナには言ったが、違う。
……どう言ったらいいか分からない。どう、いったら、いいのか…」
俺は再度ゲドに右手を伸ばした。今度は拒まれず、ゆっくりと頬に触れる。
ゲドは一瞬目を見開いたが、頬を一撫でした所でゆっくりと俺の右手を取った。
「…やはりお前も抗うのか?真の紋章に選ばれても…己の信じる道を進むのだろう」
俺はゲドを目を合わせて、頷く。
「俺は、信じた道を行く。もう誰も失いたくない。このまま全てが滅ぶ世界なんて、俺には耐えられない」
でも、と俺は息を継ぐ。まっすぐ彼の瞳を見据えて。
「俺は離れたりしないよ、絶対に。何があっても皆一緒だ。だって、大切な人だから」
瞳を合わせたままで心の中を告げると、ゲドは目を伏せた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ