+徒然小説+

□かのために(幻水3)
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思い出させてしまったのか…彼を。
俺は、ゲドの言葉を待った。
不意に目の前の黒い影が動いたかと思うと、抗えない強さで彼の腕が俺の腰を引き寄せた。
腕の強さに、抗うことなく俺の身体は包み込まれて。
掠れた声が俺の耳に直に入りこんでくるのを、不思議な心地よさと彼の心の言葉を聞きたいという思いと共に受け止めた。
「そして、今もあの時と同じだ。また、俺は同じ事を繰り返すのか」
その響きが余りにも悲しくて、俺は彼の背に宥める様に腕を回した。
「…俺は見守っていられるのだろうか。お前が運命に、真の紋章に逆らう時が来ても…お前をその流れに送り出せるのだろうか」
腕の力が強くなる。締め付けられる程の強い痛み。
「…炎の英雄の時は彼の信じる道へ行かせる為に送り出した…んですよね?」
「………俺はあいつの為になら、何でもしてやるつもりだった。しかし、いつもそう思っては…逃げていた。
別れたのも…無意識のうちに逃げていたのかもしれない。立ち向かい、運命と剣を交えるあいつを支えてやる勇気がなかったから。俺に出来るのは、せめてあいつと別れた小さな場所を守る事ぐらいだった」
精一杯だったんだ。今でも尚自分と戦いながら、伝えきらぬ想いを抱いて。
俺は笑った。不似合いな時かもしれないけれど、あえて笑顔を作って少しでも張り詰めた心を解してほしかった。
「俺が、守ってみせます。俺の大事な物も、皆の大事な時を。そして、ゲドさんの大切な、人も。
その為になら真の紋章がもたらす痛みも呪いも、すべて受けてみせる。俺だって目の前で大切なものを失いたくない」
ゲドは目を微かに見開き、そっと目を細めた。
「………無理をするな」
そっと俺の髪を撫でる。それをきっかけに力が抜け、抱き締められている温もりと腕の強さが張りつめて居た心を解してゆく。
「その時は、俺もまたこの地を守ろう。ここは、お前と出会えた地でもあるから」
思わずゆっくりと俺はゲドを見上げた。ゲドは口を少し持ち上げて、笑った。
「…自惚れるな。俺の為に、俺は戦う。それだけだ」
そして、俺の右手を取り、その上に紋章の宿った自分の右手を重ねた。
「お前もまた、俺の大切な…英雄だから。再びあの時と同じ想いを抱えたまま生き長らえたくはない」
そして俺の右手を持ち上げ、甲に口付ける。そして、誓いのように掠れた声で何か呟いた。
急速に身体の熱が集まってゆく。初めての感覚に慌てて右手を振り払おうとするが、その感覚に痺れた様にぴくりとも動かない。
おそらく俺の顔はすごいことになっているだろう。ゲドは面を上げて、そんな俺の姿を見て少し眉根を寄せた。
「…こういうのは俺の柄ではないんだが。でも伝えておきたかった…同じ事を繰り返さない為に」
「…同じ…事?」
「ああ、そうだ」


再び俺の身体を引き寄せて、先程と同じ呟きを耳元で。

------ お前を、離したく無い…分かる…か…?

その一言に、隠された言葉や想いが溢れてくるようで。
俺は、ゲドの背に力を込めてしがみついた。
「じゃあ、ずっと…」
「ああ…」
俺は暫くそのままで、ゲドの温もりを感じていた。
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