+徒然小説+

□たえなき想い(幻水3)
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それから俺とゲドは暫く何も話さず、ただ水面を見つめていた。
ゆらゆらと水面に映った太陽が揺らめく。
不意に暖かい物が頭に触れ、俺はその方向へ視線を向けた。
「……どうした。何時ものお前らしくないな」
その言葉にやけに心が騒ぐ。何だか分からない焦燥に駆り立てられて、俺は慌てて答えた。
「そ、そんなことないですっ!そんなに変ですかっっ?」
「……元気もないしな。何かあったのか」
ゲドの手が、未だ生乾きの髪を撫でている。
…頭を撫でられるのは嫌いじゃない。
母さんがカラヤの祝福をしてくれる時だって、照れくさかったけどやっぱり嬉しかった。
昔よく母さんは寝る時に頭を撫でてくれた。その心地よさを思い出して、俺はゆっくりと瞼を下ろした。
ほんの少し、意識が遠のく。
あの水面の様に、ゆらゆらとゲドが与えてくれる温もりと昔の記憶が混ざり合って。
頭の上からゲドの声がゆっくりと降ってくる。
「……気持ち、いいのか」
手を休めず、ゆっくりとした動きで俺の髪を弄ぶ。
その動きに誘われる様に、感じたままの言葉が口から零れ落ちた。
「気持ち…いいです。何だか、昔を…思い出して」
その言葉に霞む視界の向こうでゲドが微笑む。
そんな彼の表情を見た事がなくて、はっきり見たいという思いをいやがおうにも募らせた。
「…そうか…お前の安らぎになれば、それでいい。さっきまでのお前はそれこそ…」
俺の瞳を深く見通すように覗き込んで。
「毛を逆立てた猫のようだった」
そうして俺の背をぽんと叩く。
ゲドの手に押される様に、俺の身体は逆らわずゲドの胸に寄りかかった。
「俺…英雄になりたいと思っていました。けど…実際みんなに"炎の英雄"なんて呼ばれて…感じたんです。
俺は英雄になんて、なれないって」
ゲドは黙って俺の髪を撫でている。
「気がついたんです。自分の中に…認めたくない思いがある事を。
手を取り合って進もうと皆の前で言ったにも関わらず、相反する思いがある事を。俺はどうすれば良いんだろう…」
小さい頃から一緒だったルル。あの無邪気な笑い顔を思い出して、瞳から自然と雫が零れ落ちた。
分かっている。戦士として剣を取り戦いを挑んだ者は、死を覚悟しなくてはならないと。
そして周りの者は、別れをも覚悟せねばならない。
でも仇と共に戦い、生活するなんて思ってもみなかった。思わぬ衝動がなかったといえば嘘になる。
それが"炎の英雄"として、戦う同志の頂点に立つ事になっても。
「…お前の好きなようにするといい」
その言葉に俺はゲドにしがみ付き、肩を震わせて泣いた。息急き切って溢れる思いをゲドの胸にぶつけて。
誰かに聞いて欲しかった。教えて欲しかった。
でも、"炎の英雄"としてのもう1人の俺が、それを許さなかった。
しゃくりあげる俺を、ゲドは腕を背に回しその強さで腕の中へ閉じ込める。
「…炎の英雄は、自分の大切な者の為に戦った。正義とか英雄の名前ではなく、ただ己の思うままに。
あいつも若かった。だから自分の信じる道を真っ直ぐ進めたのだろう。俺には出来なかったが」
そして俺の顎にそっと指が添えられ、ゆっくりと上向かせられる。
親指で俺の作った透明な流れを拭きとって。
「だからお前も、そうすればいい。自分の大切な者の為にだけでもいい…お前になら出来る筈だ」
「………っ」


どうして。


どうしてこの人は俺の欲しい言葉をくれるんだろう。


普段言葉少ない人なのに…この人の言葉はこんなにも俺を満たしてくれる。
「俺、おれ…っ」
呟いた言葉は、ゲドの唇に掻き消された。
予想のつかなかった出来事に、一瞬俺の身体が硬直する。
離れて、またゲドが角度を変えながら触れて。
触れ合った場所から、じんわりと温もりと例え様の無い想いが広がってゆく。
その温もりに力が抜け、俺は開いたままの瞳をゆっくりと閉じた。
侵入してきた暖かい感触を、無意識に追って。
俺の瞳からはまた雫が零れた。
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