+徒然小説+

□昼下がり(幻水3)
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ヒューゴは全身が揺りかごの様に揺れているのを感じていた。
まるで水の中に浮いているみたいだ。でもほんのり暖かい。
ずっとその感覚に身を任せていたかったが、やがてゆっくりと消えてゆき、ヒューゴは仕方なく意識を呼び戻した。
「ん…ん?」
そっと目を開けると、見なれた顔がこちらを覗き込んでいる。
いつもこっそり追いかけていた、体躯のいい憧れの傭兵隊長。
自分に覆い被さるように覗き込んでいるのがゲドだと分かった途端、ヒューゴは慌てて上半身に反動をつけて起こした。
「ゲドさ…!!!」
「うっ…」
ヒューゴとゲドが頭を抱えて屈み込んだのはほぼ同時。
辛うじてヒューゴは頭を左右に振り意識をとどめたが、ヒューゴの行動を予想だにしなかったゲドはそのままぱたっと前のめりに倒れた。
「わーーーーっ!ゲドさんっ、ごめんなさい!!俺、そんなに頭硬かったですかっ?!生きてますよねっ?」
ヒューゴは慌ててゲドの身体を自分が寝ていたベッドへ何とか押しやると、ドアを開け放って水場へと急行した。





もうどの位経ったのだろう。日はやっと西へ傾いて、太陽の光が入らない部屋は少しずつ気温が下がり始めていた。
ヒューゴが額にあてた布を交換しようと、ゲドの額に手を伸ばした時。
「…う…っく」
「ゲドさん、気がつきましたか?!」
ヒューゴは持っていた布をぽーんと放り投げると、額に手をあてて起き上がったゲドに飛びついた。
「ご、ごめんなさい!俺、ゲドさんがすごく近くに居て、びっくりして。それで…」
眉根を寄せて口をわななかせているヒューゴがとても可哀想になって、ゲドは飛びついてきた少年の背を軽く慰める様に叩いた。
「俺は大丈夫だ。最近暑いから寝不足でな。お前がそんなに謝る理由でもない」
「本当に、本当ですかっ?!」
いつものゲドなら、ヒューゴのような少年が体当たりしようが何しようが、倒れる身体ではない。
今回は寝不足と当たり所が悪かった、ただそれだけだとヒューゴに告げる。
「よ、良かった〜」
明らかに安堵の表情でヒューゴが大きく口を開けて笑った。
つられてゲドも目を細めて笑う。
「そういえば、ゲドさんが俺をここまで連れて来てくれたんですか?」
「ああ、そうだ。あんな所で眠っては身体に悪いしな」
「でも、何であそこに居たんですか?確か俺が行った時は居なかったような気がするんですけど…」
その言葉にゲドはぎくりと肩を動かした。
実は自分も寝て居たのだ。どうにも暑くて毎晩寝付きが悪く、睡眠時間が短くなる一方。
今日は探索に加わらなかったので、これ幸いと昼寝を決め込んでいた。
そうしていた所へヒューゴがふらふらと寄ってきたのだ。
見た所意識はほぼ無かったであろうヒューゴは、何も気がつかずゲドが寄りかかって居る隣の木の下に腰を降ろし、昼寝を始めた。
ゲドはヒューゴの気配で目が覚め、横目で見たヒューゴの寝顔が気になり、そっと近寄った時。
ヒューゴの舟を漕ぐリズムが崩れ、あの状況になったのである。
…とはとても言えない。
「……暑いから涼みに行った」
「そうなんですか?」
真っ直ぐ自分を捕らえて離さない瞳に、ゲドはぐっと言葉を詰まらせた。何とかはぐらかそうと話題をすりかえる。
「お前、大分軽くなっていないか」
「そうですか?でも何だか前より力が入らないみたいです」
「………ちゃんと食べて居るのか」
本当にちゃんと食べているのか、ゲドは不安になった。
「た、食べてますよっ!ゲドさんも俺がちっちゃいって言いたいんですか?」
いつも誰かから言われているんだろう。ヒューゴからの思わぬ攻撃に、ゲドは慌てて言い足した。
「そうではない。さっき抱えた時に思ったより軽かった」
「抱えた…俺を?」
よく考えれば、部屋に連れて来る方法はそれぐらいしかない。
ヒューゴはその場面を想像し、顔を赤く染めた。
静かになったヒューゴに、ゲドはそっと囁く。
「どうだ、これからもう少し寝るか?夕飯迄はまだ時間がある。一緒に夕食を取ろう」
「はい!」
赤い顔のままでヒューゴは頷く。
ゲドは皺が寄ったシーツを引き直し、先にヒューゴを横たわらせた。
そして自分も鎧を取ると、その隣へ横になる。
あまりに間近な漆黒の瞳に、更にヒューゴの顔が上気した。
「ゲ、ゲドさん?!」
「………ベッドは一つしかない。我慢しろ」
「は、はい…」
憧れの漆黒の瞳を間近で見られるのはとても嬉しい。
でも何だか身体全体が心臓になったみたいで、今にも鼓動が飛び出てしまいそうだ。
そんなヒューゴを見て、あの時に見た寝顔を思い出しゲドはヒューゴの瞳を見つめて口元を緩めた。
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