+徒然小説+

□燈台(幻水3)
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城内はすっかり明かりが消えていた。出ていった時間から計算すると、大体もう皆寝る頃である。
ヒューゴはなるべく音を立てない様神経を使いながら入口を開け、見張りの兵隊に挨拶をした。
そしてつま先でそっとそっと階段を登る。なんせ古い城なので、階段の軋みが酷い。
二階へ着くと、ゆっくりと自室へ向かう。
2・3歩歩き、ヒューゴは足を止めた。
壊れた壁から薄い黄金色の光が漏れ出し、ヒューゴの探し人である彼を照らしていた。
その彼は壁に凭れて、目を伏せて寝ているようにも見える。
いつも見惚れてしまうような横顔に少し疲れの色がさしていて、ヒューゴはそっと彼の元へ歩み寄った。
そして、彼の頬に触れようと手を伸ばした時。
「お帰り」
伸ばした手をそのまま引き寄せられ、ヒューゴの身体は簡単に彼の腕に収まった。
「ナッシュさん、また〜!!!俺まだ何もしていないのに〜!」
腕の中でバタバタ暴れまくるヒューゴを容易く抱きしめて、ナッシュはヒューゴの耳元に唇を寄せる。
「こんなに抱きごこちが良いのに、離せる訳がないじゃないか。今回は君から近寄ってきたんだし、そうだろう?」
耳朶にナッシュの吐息を感じて、ヒューゴは温度計の様に血を顔に登らせた。
「だ、だ、だからって、抱き締める事ないじゃないですか!俺、子供じゃないんですよ」
「だからこうしてるんじゃないか。俺だって流石に子供に手を出したりしないぞ」
そう言って、ナッシュはそっとヒューゴの頬に口付けた。
ヒューゴはそれだけで力が抜け、ぽすっとナッシュの胸に顔を埋める。
彼の仕草に、ナッシュは抱き締めている手でぽんぽんと慰める様にヒューゴの背を叩いた。
「………何処へ行ってたんだ?随分探したぞ」
ヒューゴはそっと頭を上げて、ナッシュと視線を合わせた。
「俺……ナッシュさんを探していたんです」
何時に無く神妙な表情のヒューゴに、ナッシュも表情を曇らせた。
「どうした…?何か相談事か」
ヒューゴは口元を歪めた。かたかたと褐色の肌が小刻みに震える。
「最近ナッシュさん…この場所に居ませんでしたよね?俺はナッシュさんに会った時からひどい態度をとっていたような気がするんです。初めて会ったあの時も、ナッシュさんに諌められて…正直俺は怒りが収まらなかった。俺達の、俺の仲間がクリス…いやゼクセンの鉄頭達に何人も殺された。その事を、無念を知らない奴に何でこんな事言われなくっちゃならないんだって…正直そう思いました」
「気にするな。昔から俺はそういう性格だ。気になる人間がいると、介入せずにはいられないタチなのさ」
ヒューゴに重く纏わりついた雰囲気を取り払おうと、ナッシュは軽く受け流す。
しかしその作戦とは裏腹に、ヒューゴの瞳は今にも透明な雫が流れ落ちんばかりに潤んでいた。
「今でもゼクセンのした事は許せません。でも、それはゼクセンのした"事"であって、人ではない事。今になってナッシュさんが言っていた事が、やっと少し理解できる…そんな気がします。俺まだ子供だけど、それだけは分かったような気がします」
「………誰でも自分の想いで駆け抜けてしまう時はある。しかし、振り返る事が出来れば、"大人"に近づいている証拠さ。お前さんはもう子供じゃない」
ナッシュは自分の辛い戦いを思い出し、そっと瞳を閉じた。
自分もそうだった。許せなくて、止め処もない逆鱗に捕われて斬った、彼の友人を。
でも開放してやりたかった。何かに捕われたようなザジを。
それが"友人"としてナッシュのできる、唯一の方法であったから。
今思えば、ただ自分に対しての言い訳かもしれない。
…この腕の中の子供も、あの時の自分の様な葛藤を味わっているのだろうか。
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