+徒然小説+

□陽炎(魔人学園)
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重い瞼をそっと持ち上げる。
うっすらと見なれた景色が広がり、無意識のうちに安堵の溜息を洩らした。
そして。

「お帰り、ひーちゃん」

俺の名前を紡ぐ、心地よい響き。
視線を移動させると、目を細めて俺を見詰める京一の姿。
「良かったな…お前は旧校舎でぶっ倒れて、3日間目を覚まさなかったんだ」
「俺…ここじゃない世界に居た。美里や醍醐、桜井…皆いなくなってしまって居た。
音が無くって、ただ…」
言い淀んだ俺を、京一は促す様に軽く手を握る。
「京一が居た。京一だけが」
怖かったんだ。嬉しかったけど、怖かった。
何処までもその自分勝手な世界に飲み込まれそうで。
「…京一が戻れって言ってくれた。俺の…心の中の世界だったけど、ある意味何時までも居たかった。
けど、やはり帰ってこられて良かったと思う」
そして、京一の顔を覗き込んで。

「有難う、京一」

京一は一瞬驚いた顔をしたが、すぐ笑って俺と視線を合わせる為にしゃがみ込んだ。
「ひーちゃんが倒れてから、俺はずっと傍で待っていたんだ。
言葉には出さなかったけど、ずっと待ってた。
ひーちゃんが俺達の所に帰ってくるのを。こうやって…」
そう言って、一層握った手に力を込められた。
その温もりから、京一の思いが伝わってくるようで。
「でも、どうして俺がさ迷っているって…」
「最初お前が運ばれたのが、あの病院だったんだよ。
で、たかこセンセが教えてくれたって訳さ」


ゆっくりと京一はあの時言われた言葉を思い出す。
『一番龍麻に対する思いが強いのが…京一だね。
ひひひ、お前がついて居た方が龍麻が早く戻ってくるかもしれないよ』
皆の前で言われて、京一は体の芯からかあっと熱くなった。
でも本当のことだから仕方ない。
自分の思いが誰に劣るとも思わないし、もし劣ったとしても龍麻に関しては誰にも譲る気はない。
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