(幼かったね、拙かったね、でも一生懸命愛し合ったね)































お誕生日おめでとう、と、差し出された一輪の薔薇に、ユーフェミアは目を見張り、そして嬉しそうに微笑んだ。


レースのリボンに包まれた薔薇は彼女の大好きな薄紅に色付いていて、「ありがとうございます」と、彼女は照れ臭そうに受け取った。そんな彼女を、愛しむようにスザクは見つめる。



「ふふ。なんだか懐かしい」


「懐かしい?」


「はい。昔、お父様が同じように薔薇を下さったことがあって…」


そうユーフェミアは空色の瞳をすがめて昔を懐かしんだ。父皇帝とはお世辞にも仲の良い親子とはいえない。母方の家で育てられたユーフェミアは父に会う回数も少なく、まともな会話をした記憶もあまりなかった。


「だけど、一度だけ。わたくしがアリエス宮に遊びに行ったときに少しだけお喋りをしたんです」


大好きな義母と年の近い兄妹のいるアリエス宮。ユーフェミアは彼らと、その広大な庭園が大好きで、その日は第六皇妃マリアンヌ自慢の薔薇のガーデンを散策していた。


そこで見つけた薄紅色の薔薇に見とれていたら「欲しいのか」と、後ろから声を掛けられて。


振り返った先にいたのはブリタニア帝国皇帝、シャルル・ジ・ブリタニア。お供も連れず、后妃のマリアンヌを訪ねてきたらしい。


自分の父親であるけれど、どこか近付きがたい雰囲気の彼に、ユーフェミアはおっかなびっくり頷いた。


そうか、と、それだけ呟いて、そのまま父は立ち去り、ユーフェミアがアリエス宮に戻ると、悪戯っぽい微笑を浮かべたマリアンヌがいて。貴方によ、と、差し出された薔薇は先程のもので、ユーフェミアは目を見開いて驚いた。


そうして気付いたら、足は駆け出していて。淡い色のドレスを翻し、ユーフェミアは必死になって走った。


そうして皇居へ続く廊下を歩いていた父の背中に、ユーフェミアは後ろからしがみつく形で抱き着いてしまった。




「こ、皇帝陛下に…ですか?」




さすがのスザクもこれにはびっくりだ。無表情を崩すことが滅多にないという絶対皇帝に抱き着くだなんて、と、驚けば、「はい」と、ユーフェミアは照れ臭そうにほほ笑む。



「つい、嬉しくて。お父様はなにもおっしゃいませんでしたけど……とても嬉しかった」



その日はユーフェミアの十歳の誕生日だと、父は知っていたのだろうか。もし、知らなくても、ユーフェミアは満足だった。(お父様が、初めて私に贈り物を下さったのだから)




「スザクのお父様は?どんなお祝いを?」

「うーん…僕は父と疎遠だったからなあ…」


無邪気な問い掛けに、スザクは困ったように微笑む。


その言葉の通り、スザクには父親との思い出があまりない。物心着いた頃にはもう父は不在がちだったし、母親が死んでからは特に足が遠退いた。けれど、それを寂しいと思ったことはない。ただ、自分たちはそういう父子なんだ、と、思っていた。


「だから、誕生日もこれといって何かして貰った記憶はないし、僕にとっては一つ年をとったなあってくらい………」


だよ、と、言いかけて、スザクはぎょっとした。さっきまでご機嫌に微笑んでいたユーフェミアは、今は顔を真っ赤にして、俯いてしまっている。その瞳からぼろぼろと涙が零れ落ちるのに気付くと、スザクはわなないた。


「ゆ、ユフィ!?ど、どこか痛いの!?それとも」


僕、なんか変なこといった!?と狼狽すれば、キッと唇を噛み締めて、握りこぶしも固く、ユーフェミアは宣言した。



「わたくしっ、ユーフェミア・リ・ブリタニアは十七歳のスザクにマフラーをプレゼント致します!」


まろい頬を真っ赤にしてそう宣言したユーフェミアに、スザクは目を丸くする。


「ゆ、ユフィ。それはちょっと気が早いんじゃ……」


「いいえ!遅いくらいですっ!十八歳のスザクには手袋を、十九歳のスザクにはセーターをプレゼントします…っ。絶対、プレゼントするんです!」



次々と決まっていく誕生日の贈り物に、スザクはなにがなんだか分からない。


けれど、ユーフェミアは真剣そのもので、「絶対です!」と、空色の瞳からぼろぼろと涙を零しながら、言葉を紡ぐ。


「十七歳のスザクや、十八歳のスザク、十九歳になっても、私たちはずっと一緒です。一緒じゃなきゃ駄目なんです……!」


だから、そんな誕生日を一人で過ごさないで、と、感極まって、そのまま泣きじゃくるユーフェミアに、スザクは一瞬呆気に取られて、それから笑った。


(ああ、なんて可愛い人)


スザクの誕生日は真夏なのにマフラーを編むという、不器用な女性。白く美しい指先の一本一本に優しくキスを落として、スザクは微笑んだ。


「……ユフィ、今日はユフィの誕生日なんだよ?」


「し、知っています。でも…私はスザクと一緒がいいんです」


ぐす、と、鼻を啜る彼女は、ブリタニア帝国のお姫様なのに、なんだか子供っぽくて可愛らしい。


その涙をハンカチで拭いながら「じゃあ、自分は来年も薔薇を贈ります」と、囁いた。


「今年はピンクだったから、来年は白色の薔薇を。再来年は黄色、次の年は赤。それから」

「またピンク?」

「はい」


そうしごく真面目な顔で頷いたスザクに、ユーフェミアは瞳に涙を浮かべたまま、微笑む。



「ふふ。わたくし、幸せですね」

「うん、僕も幸せだ」

「一緒ですね」

「ずっと一緒だね」


そう顔を見合わせて、額を突き合わせて、微笑み合って。彼女がこの世に生まれてきてくれたことに心底感謝しながら「誕生日おめでとう」とスザクは囁いた。










一生懸命に愛し合ったね
(幼すぎた拙すぎた、叶わなかった、ある愛の物語)










END

いつかまた会える日まで。


10月11日、お誕生日おめでとう!ユフィ!




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